ホームページへ



おだわら百科事典:目次へ


2 歌川広重 曽我物語図絵 大錦絵30枚揃


目次

01

16

02

17

03

18

04

19

05

20

06

21

07

22

08

23

09

24

10

25

11

26

12

27

13

28

14

29

15

30

 建久4年(1193)5月28日、曽我五郎時致と曽我十郎祐成の兄弟は、源頼朝が行った富士の巻狩で、亡き父河津三郎祐泰の仇工藤祐経を襲い、宿年の思いを果たした。この仇討事件は後に曽我物語として骨格を整え、江戸時代になると、謡曲・浄瑠璃・歌舞伎・仮名草紙などに取り上げられ、民衆の中に圧倒的な人気を得ていった。浮世絵の世界でも曽我狂言を演じた役者を描いた武者絵、曽我物語を画題とした武者絵・獲物語りなど枚挙にいとまがない。

 広重の本図は、曽我物語を三十枚の揃物としてまとめたもので、上部を雲形に仕切り、その中に柳下亭種員が詞書を記している。人物画をあまり得意としない広重であるが、10の雪中祐経を狙う図、13の大磯に向かって兄弟が馬を走らせる図など、画趣に富んだ作品も見いだせる。なお広重は、本揃物のほかにも、曽我物語(四ツ切・二十枚揃・有田屋)を刊行している。

版元 伊場仙三郎

左側の数字(1)をクリックするか、右下の「次ページ」ボタンを押してください。連作30枚の曽我物語図絵のページに入ります。





Copyright 1998, City of Odawara, All Rights Reserved