小田原市
  FAQ 携帯サイト サイトマップ
観光ページへ
子育て・教育福祉・健康・介護税金・補助・年金観光・レジャー防災・防犯・安心安全医療・救急・消防生活環境産業生涯学習・文化スポーツ国際・地域交流
小田原市公式サイトトップ > 分野別で探す > 生涯学習/文化 > 小田原の文化 > 史跡 > 史跡 ・平成輔の墓所
最終更新日 平成17年8月1日
史跡 ・平成輔の墓所
平成輔の墓所(市指定 昭和32年3月30日)

【所有】南町3−11−3 報身寺

【所在】南町3−11−3 報身寺

【形状】
 墓所は、東西11m、南北12.20mあり、高さ78cmの石垣で囲まれています。墓所域内は長方形に区切られ、その中央に樹齢500年以上の古松がありましたが、つい最近、枯れてしまいました。また、高さ1.5mの江戸時代に造られた石祠(ほこら)があり、その前左右には2基の灯塔があります。別に碑が2基あり、一つは南側にあって栄田君子の歌碑、もう一つは東側にあって大勲位威仁親王筆の記念碑です。

【概説】
 平成輔は、京都の公家で、本姓は平氏ですが、家が京都烏通りにあったので、烏丸成輔と称しました。また、官位が正三参議であり、参議の唐の呼び名が宰相ということから、平宰相成輔とも呼ばれていました。成輔は、御醍醐天皇の親任を受けて中興の仕事に加わり、鎌倉幕府の倒滅を計画したことが漏れて、六波羅探題(京都に置かれた鎌倉幕府の出張機関)に捕らえられ、鎌倉に護送される途中、元弘2年(1332)5月22日(成輔42歳)三河入道円重によって、早川の河口で殺害されました。その事情は、太平記・増鏡・大日本史などに詳しく書かれています。
 当時、この場所に潮音寺という建ったばかりの大寺があったので、その境内に葬られたとおもわれますが、潮音寺は明治41年に報身寺に合併され、この墓所も報身寺の所有となりました。
         

担当課名 生涯学習部 文化財課
電話番号 0465-33-1717
問い合わせ お問い合わせはこちらへ
ライフイベントから探す
誕生育児入園・入学成人仕事結婚住まい病気老後おくやみ
関連する情報一覧
小田原市役所 〒250-8555 神奈川県小田原市荻窪300番地(郵便物は「〒250-8555 小田原市役所○○課」で届きます)
電話番号:0465-33-1302(総合案内) 市役所へのアクセス お問い合わせ
著作権・免責事項・プライバシーポリシー ・ リンクポリシーについて
Copyright (C) , City of Odawara, All Rights Reserved.