小田原市

小田原駅東口お城通り地区駐車場施設ゾーンにおける埋蔵文化財発掘調査成果について

小田原駅東口お城通り地区駐車場施設ゾーンにおける埋蔵文化財発掘調査は、平成25年11月1日から平成26年3月28日にかけて実施され、南側の調査区が小田原城三の丸元蔵跡第II地点かろ(ろーまか()((、北側の調査区が元蔵堀第II地点と名付けられました(図1・2)。この調査では、3条の障子堀(1~3号堀)が検出されましたので、その概要をお知らせします。

図1 小田原城全体図と調査地の位置

図1 小田原城全体図と調査地の位置

図2 調査地点と堀の位置

図2 調査地点と堀の位置

1 検出された遺構について

南北に走る1号堀は、戦国時代から江戸時代初頭にかけての障子堀であり、江戸時代初頭に特徴的にみられる玉石積みの石垣が側壁に沿って構築されているなど、貴重な発見となりました(写真1~3)。東西に走る2号堀は、江戸時代の三の丸元蔵堀に相当し、鉤の手状(かぎのてじょう)に屈曲する平面の形や、戦国時代の掘り込みの深い障壁をもつ障子堀と江戸時代初頭に見られる田の畔のような浅い障壁をもつ障子堀が検出されるなど、新たな発見がありました(写真4~7)。3号堀は、2号堀と重複する形で南北に走っており、位置的に考えて1号堀に連結する可能性がある障子堀です(写真8)。

このように、これらの障子堀は、中・近世の小田原城を解明する上で重要な遺構と評価できるものでした。

写真1 小田原城三の丸元蔵跡第II地点1号堀全景(北から)
写真1 1号堀全景(小田原城三の丸元蔵跡第II地点)(北から)

戦国時代から江戸時代初頭の南北方向に走る障子堀。奥(南側)の堀幅は、写真左側(東側)の調査区外まで拡がっています。

写真2 小田原城三の丸元蔵跡第II地点1号堀南側の堀障子・石垣・基礎杭(東から)
写真2 1号堀南側の堀障子・石垣・基礎杭(小田原城三の丸元蔵跡第II地点)(東から)

写真中央には、堀底を仕切るように掘り残した堀障子があり、その奥の西側法面には江戸時代初頭の玉石積石垣が構築されていました。障子堀・石垣を壊している円柱状のコンクリートは、かつてあった建物の基礎杭で、除去できないほどの規模でした。


写真3 小田原城三の丸元蔵跡第II地点1号堀北側全景(南西から)(上空から:上が北)
写真3 1号堀北側全景(小田原城三の丸元蔵跡第II地点)(南西から)

1号堀は、堀障子を伴いながら北側に向かって徐々に堀底が高くなっていましたが、北端部は削平されてすでに消滅していました。

写真4 小田原城三の丸元蔵堀第II地点2号堀全景
写真4 2号堀全景(小田原城三の丸元蔵堀第II地点)(上空から:上が北)

2号堀は、写真右~左側(東~西側)に走る障子堀で、江戸時代の三の丸元蔵堀に相当します。


写真5 小田原城三の丸元蔵堀第II地点2号堀東側全景(南西から)
写真5 2号堀東側全景(小田原城三の丸元蔵堀第II地点)(南西から)

堀底には、江戸時代初頭に見られる田の畦のような障壁を伴っていました。堀幅は、写真奥(北側)の調査区外まで拡がっていました。

写真6 小田原城三の丸元蔵堀第II地点2号堀西側全景(西から)
写真6 2号堀西側全景(小田原城三の丸元蔵堀第II地点)(西から)

2号堀西側では、掘り込みの深い戦国時代の堀障子も確認されたことから、二時期の障子堀が重複していたことが明らかとなりました。


写真7 小田原城三の丸元蔵堀第II地点2号堀土層堆積状況(東から)
写真7 2号堀土層堆積状況(小田原城三の丸元蔵堀第II地点)(東から)

写真上部に見える左右へ帯状に黒く堆積する土層は、宝永四年(1707)の富士山噴火に伴う火山灰であり、この時期には堀がこの深さまで埋まっていたことがわかりました。

写真8 小田原城三の丸元蔵堀第II地点3号堀全景(上空から:上が北)
写真8 3号堀全景(小田原城三の丸元蔵堀第II地点)(上空から:上が北)

2号堀と重複する3号堀は、南端部が削平によって消滅していますが、位置的に考えて1号堀に連結する可能性がある障子堀です。


2 障子堀遺構の今後の周知について

このように遺構のもつ意義は大変高く評価できるものでしたが、1号堀はかつてあった建物の基礎や杭によって、2号堀は大規模なコンクリート製暗渠水路(旧大蓮寺排水路)によって障子堀が壊されている状況も確認されました(写真1・3)。

このようなことから、検出された障子堀の遺存状態については、必ずしも良好とはいえない状況であるため、遺構は埋め戻して保存し、今後隣接するポケットパークに説明板を設置し、駐車場施設内で障子堀の写真等を展示することなどについて検討し、発掘調査による成果を広くお伝えしてまいります。

3 遺構の埋蔵保存について

これらの障子堀については、常時公開するなどの方法で活用を図ろうとすると、障子堀の景観に悪い影響を与えないよう大幅な建物の設計変更を必要とするうえ、広範な範囲にわたって連続している堀の遺構の一部を切り取るような公開となるため、障子堀で小田原城が守られていることを実感しにくいものとなります(図1)。

このほか、未調査部分の堀の覆土の保護、乾燥による堀の法面の崩落、湧水によるカビの発生や崩落など、遺構を構成する土を十分に保護・保守・点検し、どのように維持し続けていくのかという技術的な課題もあります。

その対策として、薬品を注入して土を固定するなどの方法が考えられますが、遺構保護の面やコスト面が大きな課題であり、遺存状態が必ずしも良好ではない状況での常時公開の方法としては適さないと考えられます。

こうしたことから、これらの障子堀は、現在埋め戻されている状態です。なお、埋め戻された障子堀については、当該工事後に遺構の深さの51~97%の範囲が埋蔵保存されることになります。

4 小田原城跡の遺構の公開・活用について

小田原城跡は、私たちの貴重な歴史資産であり、これを積極的にまちづくりに生かしていくことが必要です。このため、現在戦国期の遺構が確認され、極めて高い評価が得られている御用米曲輪の整備を進めているところです。

また、戦国時代の小田原城の重要な特徴のひとつである障子堀についても、平成22年に策定された『史跡小田原城跡八幡山古郭・総構保存管理計画策定報告書』で想定されている歴史的自然的景観が良好な小峯御鐘ノ台付近など、小田原城全体の中で適切な場所を見極めながら、常時公開できる場所を整備していきたいと考えております。

 

なお、今回紹介した発掘調査については、平成26年11月30日(日)に小田原市立かもめ図書館で開催される小田原市遺跡調査発表会において、小田原城三の丸元蔵跡第II地点・元蔵堀第II地点としてその成果が発表されます。

 

小田原市内の発掘調査の成果につきましては、今後も市のホームページで情報発信する予定ですので、ご期待ください。

最終更新日:2014年10月22日

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