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2017年04月28日(金)

文化振興シンポジウム~私たちが文化を創る~ 講演会

3月25日、小田原市民会館小ホールにて、「文化振興シンポジウム~私たちが文化を創る~」と題した講演会が開催されました。市役所文化部文化政策課の主催です。講演者は、劇作家で演出家である「平田オリザ」さんでした。今回は、平田さんの講演の前に、ミニ演奏会を、講演の後に、公開座談会が開催され、盛りだくさんな内容となりました。
■ミニ演奏会
ピアノ:永井李枝さんとチェロ:ピーティ櫻さんピアノ:永井李枝さんとチェロ:ピーティ櫻さん
1時45分から、ミニ演奏会が始まりました。永井李枝さんのピアノとピーティ田代櫻さんのチェロの二重奏です。最初の曲は、スペインのチェロの巨匠であるカサド作曲のチェロの小品「親愛の言葉」です。チェロ演奏にマッチしたスペインらしい情熱的な曲でした。2曲目は、フランスのフォーレ作曲「夢のあとに」で、打って変わって幻想的なしっとりとした曲で、思わずチェロの音色に身を委ねてしまいました。夢から目覚めた現実のもの悲しさでしょうか。最後の曲は、サンサーンス作曲の「白鳥」です。バレエ「白鳥の湖」の「瀕死の白鳥」の場面で流れる曲で有名ですから、誰でも一度は聞いたことがあるでしょう。瀕死の白鳥が死を迎える様子をチェロが静かに描いていきます。
たった15分ほどの短い時間でしたが、チェロの豊潤な音色にしばし酔いしれた時間でした。文化講演会と云うと堅苦しいイメージを持ってしまいますが、講演前のミニ演奏で心落ち着かせる時間を過ごせたことは、余裕をもって豊かな心で講演を聞くことができたように思いました。
■平田オリザ氏講演会
続いて平田オリザさんの講演が始まりました。平田さんは、これまで何度も小田原を訪れて、意義深い内容でお話をされています。平田さんの肩書は劇作家・演出家ですが、それは同時に演劇を通して伝えたいものを表現することを仕事にしている人と言えるでしょう。

講演は「文化によるまちづくり なぜ今、地域に文化が必要なのか」という、小田原市にとっても今日的なテーマでした。

講演は、宮沢賢治の言葉から始まりました。

職業芸術家は一度亡びねばならぬ
誰人はみな芸術家たる感受をなせ
個性の優れる方面に於て各々止むなき表現をなせ
然もめいめいそのときどきの芸術家である 
            (宮沢賢治『農民芸術概論綱要』より)
スライドを説明する平田さんスライドを説明する平田さん
そこから、社会における芸術の役割についての話がはじまりました。ギリシャ悲劇やクラシック音楽のように100年以上も前の芸術によって、現代人の心が癒されることが、芸術の役割をよく表しています。芸術は、コミュニティの形成や維持の社会包摂を担い、100年後の人に伝える未来への無形文化財なのです。

東日本大震災の津波被災地である宮城県女川町では、高台移転を巡って賛否両論でなかなかまとまらない問題を抱えていました。ところが、竹浦集落は、伝統芸能である「獅子振り」をいち早く復活させ、励まし合って団結し、最も早く高台移転の合意形成ができたそうです。コミュニティを繋ぐ文化の力が復興を早めている事例であると平田さんは紹介されました。
福祉の分野でも演劇が注目されているそうです。高齢化社会で問題となっている認知症の治療に、「演劇情動療法」が症状改善に効果があるそうです。人間の大脳辺縁系偏桃体に「ヤコブレフの情動回路」というものがあり、人間の感情を司っています。偏桃体は視覚や味覚の情報をまとめて、好き嫌いや快・不快の判断をするそうです。認知症では、記憶など認知機能は低下しているけれど、怒りや喜びなどの情動機能は衰えていません。演劇を取り入れることで情動機能を刺激して、患者さんが一緒に演じることで、ストレスを癒しやる気を出す療法なのだそうです。ここにも文化の力があります。
手ぶり豊かに話される平田さん手ぶり豊かに話される平田さん
次に話された話題は、がらりと変わって大学入試でした。2020年から大学入試が変わるのだそうです。より多くの知識を問う入試から、思考力・判断力・表現力や、主体性・多様性・協調性を問う入試に改革が実施されます。既に「四国学院大学」の入試では、「レゴで巨大な艦船を作る」などの課題が入試になっているそうです。自分の主張、ユニークな発想、他者の意見を聴けるか、チーム全体に献身的な役割を果たせたか、などが試験を通して受験生は見られるのです。課題の結果ではなく、課題解決プロセスそのものが入学試験となっています。これには、ちょっと衝撃を受けました。平田さんの話に次々と疑問が湧きます。文科省の主旨はよく分かりますが、知識偏重で教育してきた中学校、高校では、生徒たちにどう受験指導するのでしょう。既に予備校は準備を始めているそうですから、逆に、ますます予備校頼みになるのではないかと心配になってきます。先生も大変です。

時代は東京一極集中で、地方との経済格差は開くばかりです。どこ地方の町の中心市街地もシャッター通りとなり人口減少も著しくなっています。それは、言ってみれば、「文化の経済格差」であり、それは「文化資本格差」でもあります。東京に文化資本が集中しているのです。大学入試改革と云っても、演劇を教える高校の60%は東京と横浜に集中している現実もあります。大学入試改革が、更なる地域間格差をもたらす危惧が現実的となるのです。
ところが、どこの地域にも文化資源はあります。これらの地域文化を子どもたちへ文化資本として残していく取り組みが始まっています。岡山県奈義町は、人口6千人で町役場職員は80人しかいない小さな町ですが、奈義町の職員採用試験の試験問題は、「町長より、奈義町で東京オリンピックの合宿地として、どこかの国の、どこかの競技を必ず誘致するよう厳命を受けました。各自が、自分で推薦したい競技と、どこの国を選びたいかを決めて議論をして下さい」というものでした。これは、まさしく大学入試改革を先取りしているように見えます。奈義町では教育改革に取り組んでいます。「きめ細かい子育て支援と教育改革」「こども歌舞伎への小学校三年生の全員参加」です。子育てと教育支援こそ、若い世代が移り住んでくれるポイントだと考えているのです。更に、現代美術館を造って、「自然とアートのまちづくり」に取り組んでいます。

「文化による社会包摂」とは、地域血縁型の社会の崩壊や長期化する不況によって、孤立化しがちな人間を、文化活動などにより社会にもう一度包摂していくことであり、このことこそ、現代の最も重要な文化政策であると云えましょう。

このような問題を、どこの自治体も危機感を持って捉えていて、様々な取り組みがなされています。平田さんは、八戸市の「hacchi(八戸ポータルミュージアム)」や、富良野市のラベンダー畑の事例を紹介し、一方で北海道芦別市が造った大観音像や五重塔と巨大レジャーランドが廃墟のようになっている様子を対比して紹介されました。バブル時代のハードだけの虚構の世界です。日本中が巨費をかけた施設建設で浮かれていた時代でした。

平田さんは、「本物に触れさせないと身に付かない」と強調されます。いい物を見続けることで「骨董品」を見る目も養われます。
 
また、フランスでは「失業者割引」というのがあるそうです。自分に合った仕事がないというのはマインドの問題であると捉えて、人を喜ばせる体験をしてもらってから就職支援活動をするそうです。現代は、中高年の引きこもりと孤独死が社会問題になっています。「社会に繋がっていてくれて有難う」と、文化による社会包摂へと考え方を変えていかねばならない時代になっているのです。

最後に、平田さんは、今、地域の自立を阻むものは、「文化の自己決定能力」を失うことだ、と強調されました。「一人一人が文化資本を身に付けること」こそ、これからの地域で最も重要なことだと話されて講演が終わりました。

平田さんが語る言葉は、人とは何かを問いかけているように感じます。人は一人では生きていけない当たり前のことが、自分の力ではどうにもできない時代になっているようにも感じました。だからこそ、文化による社会包摂が重要であると。そして、それは、人との対話の重要性が根底にあります。対話とは、他者の異なる価値観の摺り合わせであり、そして、他者との対話によって、自分自身の価値観が変化していくことを潔(いさぎよ)しとし、自分の変化を喜びにさえ感じられることだ、と平田さんは言うのです。

中身の濃い講演でしたが、事例紹介に導かれて理解することができたように感じました。
■公開座談会
公開座談会の風景公開座談会の風景
休憩後に、公開座談会が開かれました。テーマは、「文化の力が花開く小田原をつくるには」です。横浜市の鬼木和浩さんの進行で、平田オリザさんの他、小田原市からヴァイオリニストの白井英治さん、NPO法人アール・ド・ヴィーヴィル理事長の萩原美由紀さん、そして加藤憲一小田原市長が出演されました。
司会の鬼木和浩氏司会の鬼木和浩氏
最初に出演者から自分の取り組みをもとにテーマに関する意見が述べられました。白井さんは、音楽家として子供たちの指導を続けていますが、合宿をすることで上の子が下の子の面倒を見て教える体験が大事だと紹介されました。萩原さんは、地域と子どもたちが幸せになれる町になって欲しいと願いを述べられ、知的障害のある子供たちには、教えることをせず、子供たち自身が持っている力を大事にしている、と日ごろの取組みを紹介されました。
萩原美由紀氏萩原美由紀氏
また、アール・ド・ヴィーヴィルの展覧会でギャラリー・トークを用意して、自分で自分の作品を紹介する場を作ると、それが自己肯定となり自信がついて、保護者も変わっていった事例を紹介されました。

加藤市長からは、閉ざされているものがアートに触れて開かれる、また、触れたことのない世界との出会いが大事で、小田原は資源に恵まれていると話されました。
白井英治氏白井英治氏
平田さんは、欧州でまちづくりに成功している所は、一度地獄を見た町だと紹介します。それは「もう文化しかない」と文化にすがった結果なのですが、一方で、日本は先送りしている。まだ余裕のあるうちに舵が切れるかが分かれ道だと。

そして、市の福祉政策は「助ける」仕事になっているが、実は、社会の中に「居場所を作る」ことが最も重要であり、それを市民の中でどうコンセンサスを作っていくかが、課題であると。バリアフリーは社会的弱者のためですが、それはまた、キャリーバックを運ぶときなど、誰にでも便利であり、社会全体の効果になるとその効果を説明されました。
加藤憲一市長加藤憲一市長
次に活動し続けていく難しさと工夫について出演者に伺いました。白井さんは、演奏して受ける拍手で達成感を感じる。そういう本物の経験が一番大事だと。萩原さんは、出会ったことのないこととの出会う場を作る努力をしている。ハルネ小田原でアール・ド・ヴィーヴィル展を開催したら日ごろ疎遠なテナント同士で交流が始まり、繋がっていったそうです。

平田さんは、①「アウトプットを意識する」と世界と繋がり、日本の地域の問題ではなくなる。また、②「商品化する」は、世界と繋がってビジネスを創る発想が必要になると語られました。

それらを、自分たちで考えることが大事で外部に丸投げしないことや、文化的な自立ができているかどうか、が重要であると平田さんは言っておられました。文化的な取り組みをしている町には、どこでもキーパーソンがいるそうです。それは、「よそ者(富良野の倉本聰)」、「若者(地域外)」、「バカ者(富良野でラベンダー畑を作った富田さん)」で、そういう人々が活躍できるオープンな町が作れるかポイントとなりますが、既存の力が強いと難しいようです。
笑顔で語る平田オリザ氏笑顔で語る平田オリザ氏
最後に、「今後に期待すること」では、白井さんは、子どもたちに世界と繋がっている実感を持たせたい、そういうオーケストラにしたいと話されました。萩原さんは、障がい者が外に出てコミュニケートを作ってきたが、出会ったことのないこととどう出会えるか、生きていることと繋げることができるか、外に出てよかったなと思える町にしたいと語られました。平田さんは、どこの町にも強みと弱みがある、どう強みに変えていくかを自分たちで考えることが大事と繰り返されました。

加藤市長からは、「文化条例」の意味について、時代が違っていっても、なくてはならないものが文化であり、文化は参画的問題解決であると、その意義を強調されました。これからの時代は、人間の力を育てていくしかない、文化のもと前向きに建設的に創造的に考えていけば課題を乗り越えていくことが実現できる、市民活動も「市民団体が市民のために何ができるのか?」を考える時代になり、それをもう一段上の段階に持っていくために文化条例があるのだ、と話されて、座談会を締めくくられました。
ミニ演奏会、平田オリザさんの講演、そして公開座談会、と盛りだくさんな「文化振興シンポジウム」でした。平田オリザさんをお迎えした講演会だけでなく、小田原で活躍されている方々をお迎えした座談会も、平田さんの講演内容に沿った形で、より具体的にこれからの社会のあり方、そして社会包摂における文化の重要性について、多面的に理解できました。そして、同時に、何もしなければ何も変わらず、ますます社会的格差は広がる町になってしまうことも分りました。小田原・足柄地方がもつ豊かな自然は大事な文化資源であり、その自然に囲まれて暮らす人々こそがもっとも大事な文化資源なのだ、と考えさせられたシンポジウムでした。(深野 彰 記)

2017/04/28 10:55 | 芸術

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