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2024年02月09日(金)

小田原の梅干し種細工 超絶技巧の達人に聴く

下にー、下に。これは西国のお殿様の御一行か。いよいよ天下の剣、箱根越えとみえる。「もっと下がれ、頭を垂れよ。」そんな声が聞こえてきそうな。豆粒ほどの人形が並ぶ、並ぶ。いや、豆ではなく梅干しの種だ。それを細工して、人や馬、家並みまで再現している。スゴイぞ、これは。いったい誰が作ったのか。知りたい。会って話を聴きたい。向かったその先は、小田原駅前、地下街の一角。梅干しを商う『福梅』の中にその人はいた。
御年89才。小峯慶三 氏。小田原の梅干しレジェンドのお一人。ご挨拶をさせていただいた後、梅干しの種の細工とそれを始めた経緯について聴いてみた。こういうことのようなのだ。
「きっかけはお城の天守閣への入場券。60年程も前の話。紙で作るより種付きの絵馬を入場券にしたらどうだろうか。紙なら捨てておしまいだ。記念の品になるし、それを作るのを高齢者の仕事にしてはどうかと考えた。」
「しかし、大量に作るには難がある。実現はしなかったが、その頃から梅干しの加工過程で残る種を、使えるなら活かしてやりたい、そんな思いで梅の種を利用したものを考案していった。」
梅干しを使った料理も考えて、全国各地で料理指導の講師として活躍されていた小峯さんによる数々の挑戦の中で生まれたのが、この驚くべき梅干しの種の細工なのだ。食を超えた梅の実のおもしろさが伝わってくる。あくまで趣味でやっていることだとおっしゃるが、他に類を見ない凄腕が生み出す超絶技巧の作品なのだ。まさに、種細工の達人。
「ものを作るとなったら大きくしがちだ。でも、私は小さいのをやろうと思った。なるだけ小さいものを作ろうと、次から次へと挑戦したくなった。」
「加工には歯医者の道具を使っている。手けずりもする。細かいからね。梅干しの種は堅いんだ。くるみの次くらいだ。」
「細工しているのをテレビ局が取材しに来たことがあった。30年位前だが、みんな驚いていたよ。」
「自分勝手に工夫して作った。誰かに教わったわけじゃない。馬の脚が一番難しかった。十二支の動物もつくった。郷土資料館で毎年、種細工の新作を展示していた。30年くらい続けたよ。」
「どこで知ったのか店に来てくれた外国の人が驚いてね、買っていってくれたこともある。」
「後継者がいない。習いたいといって来る人もいたが、やり出しても途中でやめちゃう。簡単じゃないのだ。」
「根気よくやってくれる人がいれば教えたい。今は自分しかできないので古い作品の手入れや補修で手一杯だ。この細工を残していきたいのだけれどね。」
作品の成立は超絶技巧があればこそ。魅力があっても簡単には作れない、手も出せない。老練の技人たちが持つ悩みがここにもあります。が、しかし、その存在があまり知られることが無かったのも事実。どうですか、実物を御覧になってみては。写真じゃわかりませんよ。その細やかな巧みの技は。
MARVELOUS!インバウンドの人たちが驚嘆したという逸品がここにあります。これが一代限りの技芸となるのか。皆さん。やってみるなら、今ですよ。どうですか、一緒に。
『福梅』(小田原市栄町1丁目2-1)の営業日と時間は、日、月、火、水。11:00〜18:00。小峯さんがお店にいらっしゃるのは16:00くらいまでとのこと。梅干しの種を細工した小さな大名行列も、店内で見ることができます。その他の作品も多数あります。運が良ければ、もうすぐ傘寿を迎える達人とお話ができるかもしれませんよ。いやー、達人がいますよね、小田原には。
 
記:備堂能満

2024/02/09 11:45 | なりわい

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