市長の日記

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2018年11月19日(月)

北条早雲公没後五百年供養祭

  16日、伊豆の国市にて「北条早雲公没後五百年供養祭」が執り行われました。
  来年2019年は早雲公の没後500年にあたり、前年である今年からゆかりの市町では様々な取り組みが行われています。早雲公は小田原を攻略し後代における関東平定の足掛かりを築いたあと、伊豆の拠点であった韮山城にて晩年を過ごし、この地で終焉を迎えました。北条氏一族の菩提寺は湯本・早雲寺ですが、終焉の地である韮山城を要する伊豆の国市では「北条早雲公没後五百年記念事業実行委員会」を立ち上げ、今年から来年にかけて一連の記念事業を計画されておられます。今回そのさきがけとして、供養祭が行われたものです。
 韮山城には、以前一度お訪ねし、城の縄張りや遺構を拝見したことがあり、今回は2度目の訪問。ふもとにある江川邸付近から歩き、樹木が鬱蒼と茂る急峻な韮山城の山を登っていくと、本丸跡地は綺麗に刈り払われて、北に美しい富士、足下には田方平野の田園、対岸にはかつて堀越公方などのあった丘陵部を望む、絶景が広がっていました。広場に設けられた祭壇には、早雲公の法名が記された木製の大きな位牌が据えられ、伊豆の国市長、伊豆市長、江川家当主をはじめ、北條氏ゆかりの関係者らが見守る中、伊豆の国市仏教界の僧侶の皆さん15名ほどによる読経が行われました。小田原からは、観光協会の石田会長と観光DMO高村マネージャーも参加。

  時おり暑ささえ感じる日差しの中、美しい富士を背景にした祭壇を拝みながら、500年を超えてなおその遺徳を及ぼしている早雲公の存在の大きさに改めて思いを致していました。備中荏原荘(現在の岡山県井原市)に生まれ、騒乱の続く京の都で室町幕府の官僚として力を蓄え、混沌としていた伊豆を平定、関東への足掛かりを築き、民を安んじる領国経営を展開した五代百年におよぶ北条氏の礎となった早雲公。激動の人生の終局、故郷の荏原荘とよく似た風景をもつこの韮山城で過ごした晩年は、どんな心持ちだったのでしょうか。
  小田原では、現在小田原城天守閣で開催されている特別展、今週末(24日・25日)に本丸広場で予定されている顕彰イベント、年度末にかけて行われる各種講演会やシンポジウムなど、関連企画が続きます。早雲公も含め、五代百年の顕彰にしっかり取り組んでいく予定です。

2018/11/19 10:23 | 未分類


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