市長の日記

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2016年10月11日(火)

報徳サミット南相馬市大会

  7日・8日、第22回を数える報徳サミットが南相馬市にて開催されました。
  二宮尊徳先生ゆかりの17市町村で構成される「全国報徳研究市町村協議会」が主催するこのサミットは、毎年加盟各自治体の持ち回りで開催されてきました。2日間の日程の中で、報徳ゆかりの地の視察、総会、記念講演、地元劇団による舞台、市民による報徳の学習成果発表、16市町村によるパネルディスカッションなどが行われ、全国から1000人近い参加者で盛大に開催されました。
  南相馬市を含む相馬双葉地方は、江戸時代の相馬中村藩であり、ここで展開された報徳仕法は今も地域の人たちから「ご仕法」と呼ばれ、数ある報徳仕法の実績の中でも最も成果を上げたと言われています。その仕法の中で整備された水田は約1400haに及ぶなど、この地域の生産基盤として今に伝わってきましたが、東日本大震災により甚大な被害を受けました。震災後、サミットはこの地域での開催を見合わせてきましたが、5年が経過した今年、ようやく南相馬市での開催となったものです。
  今回の訪問で強く印象に残ったのは、この地域の仕法で陣頭指揮を執り大きな成果を残すとともに、尊徳先生の一番弟子として報徳思想の普及に生涯をささげた富田高慶と、彼を支えた妻・ふみの生き様に触れたことです。
  相馬藩の藩士の家に生まれ、青年期に志を立てて尊徳に弟子入りした高慶は、桜町を拠点に農村復興事業を進める尊徳の右腕として力をつけ、天明・天保の飢饉などで苦しむ故郷・相馬中村藩の仕法を任され、長い年月をかけて大きな成果を残し、その後は「報徳記」編纂など膨大な資料や記録の整理に取り組みました。桜町で尊徳の秘書的な役割を担い活躍していた尊徳の愛娘・ふみを妻に迎え、ともに相馬での仕法に尽力するも、道半ばでふみは亡くなってしまうのですが、その悲しみを乗り越えていった苦難の道のりでもありました。それらのことが、南相馬市の博物館での豊富な資料、富田高慶の住んだ村や墓所の訪問、劇団の舞台などから伝わってきました。
  相馬双葉地方は、当時の藩内の疲弊という苦難を乗り越えましたが、時を隔て、いまは東日本大震災でさらに過酷な状況の中にあります。震災から5年が経過し、帰還困難区域を除き避難指示が解除される見通しとなって、復興へのフェーズが新たな段階に入りますが、どれだけの人たちが再び戻るのか、暮らしや経済活動は再生されるのか、たいへん大きな課題が待ち受けています。今回のサミットを通じ、相馬双葉地方の復興に向け、これまでの支援枠組みを超えて、経済面での相互協力などに手を携えて取り組んでいくことが確認されました。なお、次回23回は尊徳終焉の地・日光市で開催が決まっており、その翌年の24回は小田原での開催となります。しっかり準備を進めていきます。

2016/10/11 15:02 | 未分類


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