小田原市

市長の日記

小豆島・みなべ町訪問記

 小田原市には、約170haの耕作放棄地があります。その大半は、平野部ではなく、傾斜地の樹園地。かつてのミカン園やキウイ園などが、需要の頭打ちや価格低迷によって手が入らなくなってしまった園地が、早川から片浦にかけて、あるいは久野や荻窪、そして曽我から国府津にかけての丘陵部に点在しています。一方、これらの農地の中には、もともと日照もあり眺望にも優れる場所が少なくありません。そういう意味では、土地が本来宿している価値や可能性そのものが放棄されてしまっているのであり、まことに勿体ない限りであります。

 小田原では、「地域経済振興戦略ビジョン」に基づき、豊富な地域の資源を活かした6次産業化などを進めると共に、それらを大きな魅力とした交流人口の大幅拡大を目指しています。その方針に基づくならば、これら耕作放棄された農地に新たないのちを吹き込み、生産力を回復させ、地域経済に貢献する場とすると共に、そこからの恵みに多様な付加価値を乗せ、小田原の可能性を大いに具体化すべきと考えています。そこに、高齢化に悩む地域農業の活路を見出すとともに、就労や雇用の拡大、都市ブランドの向上によって、小田原全体の経済活性化へと進んでいく、ひとつの重要なルートがあるのです。

 様々な取り組みが考えられますが、今回は2つの作付けに着眼しました。オリーブと梅です。6月27日・28日の2日間にわたり、それぞれの国内最大産地を訪ね、学ばせて頂きました。

小豆島編

訪問に至る経緯:オリーブへの着眼

 

 まずは、オリーブ。100年ほど前に日本での栽培が始まり、国内3か所で行われた導入の結果、産地として成功したのは小豆島です。年間を通じて温暖で、適度の降雨があり、日照に恵まれ、水はけのよい土地で実るオリーブは、食材の魅力はさることながら、健康への効能、美容ニーズなどもあって、市場が成長しています。「美味しいミカンができるところなら、オリーブもよく実る」とも言われていますが、小田原辺りも適地であると考えられます。

 加えて、隣町の二宮町での動きがあります。二宮には、すでに10年ほど前からオリーブ栽培に取り組んでいる農家がおられ、同町ではその動きを支援しようと、オリーブの産地化を目指しています。二宮町の坂本町長とも何度か意見交換を行い、また実際に栽培農家の園地も訪問させて頂く中で、この地でオリーブが栽培できることを確信しました。産地化をするならば、二宮だけでなく、小田原も含めた県西部全体に動きを拡げていくことが必要です。


 さらに、小田原が現在進めている、農林水産物を素材とした高付加価値化、いわゆる「6次産業化」に向けた動きとも、このオリーブは相性が良いと考えられます。例えば、魚とオリーブはたいへん相性が良いですが、早川港に整備されつつある水産加工施設などで、豊富に水揚げされる鮮魚の加工に取り組む予定であり、商品化やレシピのバリエーションが広がるでしょう。もともと、蒲鉾とも相性が良く、地物のオイルがあれば、蒲鉾の消費シーンの拡大につながりそうです。また、一夜城ヨロイヅカファームとその周辺の農家の皆さんで取り組まれている、地場農産物を活かしたスイーツやレシピづくりなどの動きとも、大いに連動できるはずです。

 もうひとつ、放棄地が増加している農業地帯の悩みは、鳥獣害です。サルやイノシシ、ヒヨドリなどによる食害が懸念されるところですが、オリーブの果実はそのまま食べればたいへん苦く、鳥獣はこれを食べることはありません。これは大きなポイントです。

 以上のような観点から、小田原を含めた県西地域でのオリーブ栽培と産業化への可能性について、その感触を探るため、国内最大の産地である小豆島をお訪ねすることとなりました。

 

 6月26日、小田原市議会6月定例会の最終日。議会終了後、夕方の新幹線で姫路へ。ここで宿をとり、翌27日の朝一番のフェリーで、小豆島東岸の福田港へ。午前中ご案内を頂く、小豆島町・オリーブ課の城(しろ)課長さんが、車で迎えに来てくれました。20分ほどかけて、小豆島町の庁舎へ。

 まず、塩田・小豆島町長さんと面談。もともと小豆島のご出身、京大法学部から当時の厚生省へ入庁。長年の官僚としての勤務を経て、小豆島町長に就任。今は4年目に入り、郷土・小豆島の活性化に精力的に取り組んでおられます。


行政の取り組み:小豆島町

 塩田町長は、小豆島が誇る資源であるオリーブを徹底して育て、オリーブが備えているあらゆる価値を具体化すべく、矢継ぎ早に政策を繰り出しておられます。ここ数年来の健康ブームと、地域活性化に向けた6次産業化の流れの中で、九州などが本格的にオリーブ栽培に乗り出していることを受け、国内の唯一のオリーブ産地に甘んじることなく、質的な優位を確立するための戦略として、「小豆島オリーブ・トップワンプロジェクト」(オンリーワンから、トップワンへ)を23年度から開始。今年で3年目に入っています。

 小豆島のオリーブ産業は、栽培面積約120ha、収穫量約120t、売上高は約60億円。昭和40年代に輸入自由化によって国内生産が激減した時期がありましたが、平成に入ってからの健康ブームや、行政による振興策、構造改革特区の導入による株式会社等の農業参入などで面積は拡大。さらに、ネット販売など高付加価値化の流れの中で、産業としての成長が続いています。現在、島全体には、約6万本のオリーブの木が植えられているそうです。

 塩田町長が熱心に取り組まれているのは、オリーブによる島の産業振興だけでなく、町の観光振興、さらには町民の健康づくり、医療・介護費の削減にまでつなげようとする、包括的な事業展開。食育や家庭料理のメニュー開発から、オリーブを継続的に食べることによる健康改善効果の測定、そのためのモニター家庭募集と血液検査への補助など、徹底しています。ちなみに、オリーブオイルは、血中の悪玉コレステロール抑制や抗酸化作用など、生活習慣病の予防や心臓疾患などにも効果があるとされており、このあたりを大学研究機関などと連携して検証していく予定とのことです。

 もちろん、その前提となる生産量の拡大と、担い手である生産者や事業者の経営改善に向け、栽培技術の研究、質の高い商品化技術の実現や製造コストの圧縮などに向けた研究にもしっかり取り組んでおられ、産業として他産地の追随を許さぬという強い意気込みが感じられました。ちなみに、町としては、新たに植えるオリーブの苗木購入と、搾油機の導入に対し、補助を行っておられます。

 小田原を含めた県西地域で、今後研究を進めていく上で、ぜひともご指導を頂きたいとお願いし、今後の何らかの連携に向けた感触を得ることができました。

 

 その後、城課長のご案内で、小豆島オリーブ公園へ向かいました。島内は、園地、街路樹、生け垣など至る所にオリーブが植えられ、独特の景観を作り出しています。

 公園は、瀬戸内海を見下ろす小高い丘の上にあり、オリーブの原産に近いギリシャの風景を模した白い風車とオリーブ園の景色が、とても印象的です。園内には、様々な種類のオリーブが一面に植えられているほか、ハーブ園や、ワークショップができる施設、搾油施設、売店やレストラン、研修施設などが配置されています。町が指定管理者に運営を委託し、年間35万人が訪れる観光スポットにもなっています。同時に、技術指導員数名を擁しており、園内だけでなく、町内のオリーブ栽培や園地管理へのサポートなども行っている、重要な拠点でもあります。私が滞在中も、大型バスでの来客が絶えず、売店では化粧品コーナーにご婦人方が列を作っておりました。


 

 スタッフの方に、園内のオリーブ園をご案内頂きました。9月以降の収穫期に向かう現在、それぞれのオリーブの木には小指の先ほどの小さな実がビッシリと実っていました。オリーブの収穫後の作業としては、そのまま塩漬けにする「新漬け(しんづけ)」用のものと、直ちに搾油するオイル用のものに分かれます。オイルを取るには鮮度が何より重要で、収穫後1時間以内に搾油しなければいけないとのこと。園地と搾油所は、必ず一対になっている必要があるそうです。

 園内には、昭和天皇が御手播きしたオリーブが育っており、海を見下ろす丘の上に大きく成長し、豊かに茂っていました。樹齢と収穫量の関係を伺いましたが、新しい枝を更新していけば長い期間にわたって実り続けるそうです。


民間事業者の取り組み:井上誠耕園

 

 午後は、小豆島でオリーブを生産すると共に、様々な商品化を手掛けておられる、井上誠耕園さんへ。忙しい中を、三代目園主の井上智博さんがお出迎え頂きました。同園の農園が展開するなかに数年前に作られたカフェ「忠左衛門」に隣接する、オリーブ園に囲まれた屋外のテラスにて、直接にお話を伺うことができました。また、広報担当の八十(やそ)さんに、園内や店舗などをご案内頂きました。

 井上さんご自身は、学校卒業後に神戸の青果卸売市場で務めていたそうです。お若い(今もお若いですが)頃は、小豆島の地域性や風土に魅力を感じることができず、都会へと一度は出て行ったのですが、神戸での暮らしの中で「自分がいてもいなくても、誰も関心を持たない」ような社会の現実に違和感が募り、自然が豊かで地域の中でお互いをよく知って支え合う島に戻って、自分にしかできない仕事をやっていこうと決心された、という趣旨のお話でした。お客さんを大切にされ、スタッフを大切にされ、もちろんオリーブや柑橘などの農産物をこよなく大切にされていることが、直接のお話を通じて伝わってきます。

 現在、従業員は約120名。最近、小豆島にはUターンだけでなくIターンの若者も増えているのですが、井上さんのところにもずいぶん働いているそうです。内訳を伺うと、生産現場のスタッフに加え、最近では多品目の商品製造にまつわる加工部門のスタッフ、そして最近増えているのは、通販での取引拡大に伴う、物流センターでのスタッフと、各地からの注文に対応するコールセンターのスタッフ。

 売り上げの伸びに応じて、生産も増やさねばなりませんが、同園では意欲的に耕作放棄地などを取得、あるいは借り上げて、開墾と植え付けの作業も並行して進めておられます。また、もともと作付けを行っており今も商品の大事なラインナップにもなっている柑橘園も広く手掛けておられますが、同園の特徴のひとつとして、柑橘園とオリーブ園が混在している点が挙げられます。柑橘園を整理してそこにオリーブを植えたケース、あるいは商品価値の高い晩柑類を新たに植えたケースなど様々ですが、傾斜した樹園地に柑橘とオリーブが混在している姿は、小田原でも十分にできるのではないかと感じました。


 

 樹園地の上の方からは、瀬戸内の海と、井上誠耕園が立地する池田の集落が一望され、園地が広大な範囲に及んでいることがよく分かります。また、山の上の方には、切り拓いたばかりの竹林も見え、精力的に放棄地を復原されている様子が見て取れました。園地の下の方にカフェがあり、そこから徒歩でわずかに下ったところが、井上家であり本社兼加工場。さらにしばらく下った国道沿いに、素敵な店舗と物流センター・コールセンターがあります。まさに、生産・加工・販売およびサービス提供と、目に見える地域の中で6次産業が完結し、そこに多くの雇用を生み出しておられます。

 海があり、集落があって、その上に樹園地があるという点では、まさに小田原でも同じような立地が幾つもあります。早川から片浦、下曽我から国府津あたり。小田原には、小豆島と違い、抜群の交通アクセスと、歴史遺産という優位性があり、取り組み次第では十分に活性化が可能。オリーブは、植え付けてから5年ほどは実がならないという制約があり、その間をどうやって経営するかと言うことが、導入のひとつの重要な論点です。井上さんのところでは、柑橘と言う事業基盤を守りながら、オリーブの導入を並行して進めてきたでしょうし、また市場の拡大に対応するため、本場である地中海やスペイン産の質の高いオリーブオイルを仕入れつつ、地場オイルとブレンドして製品化するなど、事業体としての工夫を幾つもされています。

 井上さんからは、「全て地場のものだけでは、時間もかかり、事業が立ち上がるのが難しいでしょう。まずは、優れた産地の良質なオイルを仕入れるなどして、地場のオイルの少なさを補いつつ、商品を作ってお客さんを得ていくことから始めても良いのではないでしょうか?」とのアドバイスを頂きました。このあたりは、いずれにしても小田原の生産者の皆さんと、いろいろ意見交換をしてみたいところです。


小田原での産業化に向けて

 小豆島町の取り組み、そして井上誠耕園の取り組みを拝見し、「産地化する」ということの素晴らしさをまざまざと見せて頂いた思いです。そして、そこに至る道のりは、少なくとも小豆島では100年を要しており、言うまでもなく一朝一夕にはいきません。しかし、誰かがどこかで始めなければ、そして途中の苦しい時代があってもそれを乗り越えていかねば、産業としてここまでの裾野を広げることがなかったことを思えば、「先人」たちの着眼と努力は、まことに尊いものだと言えましょう。

 小田原には、オリーブ栽培の適地としての可能性、生産地だけでなく来訪者を迎える観光振興の可能性、他の農林水産物との繋がりによる6次産業化の可能性など、オリーブへの取り組みを検討する価値が十分にあります。あとは、担い手となり得る人たちの情熱と意欲が、何よりのポイントになるでしょう。これから、様々に意見交換を行っていきたいと思います。

みなべ町編

訪問の趣旨

 

 和歌山県みなべ町は、梅干の最高級品種である「南高」を中心に、国内の梅生産量の13%ほどを占める、我が国最大の梅産地です。梅の栽培面積は約600ha、出荷量は年間25,600t。栽培農家数は約1,400戸、平均の栽培面積が1.5ha。専業農家も多く、30代や40代といった若手の経営者も多数おり、大規模な農家では年収が3000万円を超えています。また、梅に関連した町の農業・商工業の出荷額は年間300億円近くに達しており、生産のみならず、加工・流通・各種商品化と販売の拠点が、このみなべ町に集積しています。

 片や、小田原における梅の生産状況は、栽培面積100haほど、梅の出荷量は年間約900t。栽培農家は450ほどあるものの、そのほとんどが兼業であり、多くは定年後に本格的に農園管理を行うケースで、年齢層は60代後半が中心。丁寧な作業を必要とする十郎梅などの栽培や収穫・加工には問題がないですが、地域の産業としての未来を考えると、後継世代の確保、そのために必要となる事業性の強化に向けては、多くの課題を抱えています。

 小田原市は、「全国梅サミット」という、梅の生産や梅を活かした観光振興に取り組む全国の市町から成る自治体の協議会組織に加盟しており、毎年行われる首長サミットなどを通じて、みなべ町の取り組みを学んできました。「うめ課」という専門組織を中心に、町を挙げて梅に取り組んでいるみなべ町の姿を、ぜひこの目で拝見したいと、かねがね考えていたところです。みなべ町は、どのような営農形態と流通・出荷システムによって、梅産業をそこまでの状態に成立せしめているのか?小田原が見習うとすれば、どのようなことが取り組み可能なのか?そんな問題意識をもって、訪問をさせて頂きました。


町の取り組み

 

 6月28日、みなべ町うめ課の林課長さんにお迎え頂き、町の庁舎へ。みなべ町では、梅の収穫と出荷のピークである6月にかからぬよう、町議会定例会は5月に済ませてしまうとのこと。この時期は、町は梅一色となっています。

 まずは小谷芳正町長をお訪ねしました。町長は、みなべ町の職員として務めあげられた後に町長に就任された方で、町の行政を知り抜いている実務派。改めて、梅の安定生産と高付加価値化への取り組み、町内の様々な担い手の方々の様子などを伺った上で、規模は違えども同じ生産地として、今後も梅の市場拡大に向けて連携していくことを確かめ合いました。

 梅の市場については、青梅を買って梅酒に漬けたり自家製の梅干を作ったりする家庭が減少傾向にあること、梅干を日常的に食する習慣が徐々に減ってきていることなど、全体としては市場の頭打ちと、取引価格の伸び悩みという現実があります。そんな中、みなべ町では、小豆島でのオリーブと同じように、健康に対する梅の効能をここ数年来調査研究しており、大学や研究機関と協働で、梅の効能についてかなり明らかにしてこられ、特許なども取得されておられます。また、小豆島町にも先んじて、梅製品を食べることによる健康改善効果の確認に向け、モニター家庭を募り、検診のデータなども集めておられます。すなわち、健康増進と言う機能性を客観化することで、新たな市場を作り出していこうという考えです。梅にせよ、オリーブにせよ、健康という切り口は今後の農業高付加価値化において、実に重要な着眼といえましょう。


 

 引き続き、産業課長の硲(はざま)さんから、耕作放棄の現状などについて伺いました。みなべ町では、梅が重要な経営品目であり、事業性も確立されていることから、専業農家の中では耕作面積の拡大が行われている一方で、比較的小面積栽培の兼業農家においては、小田原と同じように、耕作が続けられなくなってきつつあります。林課長にしても、硲課長にしても、「これまで耕作放棄地が出るとは考えられなかったが、みなべでもいよいよ出始めた」といったお話でした。小田原市には、耕作放棄地が約170haほどもあり、ある意味常態化してしまっていますが、みなべ町では最近出始めたところであり、全体でも10ha余り。小田原とは全く状況が違いますが、それでも町の担当者の皆さんは危機感を持ち、その対策を丁寧に講じようとされていました。

 ちなみに、小田原市長がみなべ町へ視察にきたということが、地元メディアにも注目され、町長と私の会談の様子などに記者の取材が入り、翌日以降の3紙に大きく取り上げられました。このことは、「梅」が如何に地域の産業にとって大きな位置を占めているかを示しているように思います。


農園の様子

 

 庁舎でのレクチャーを終え、早速町内の各地へ。住宅街を抜け、ぐるりを取り囲む丘陵部が近づいてくると、平野部の農地は勿論ですが、山の斜面のいたるところに、梅園がビッシリと設けられている様子が目に飛び込んできました。小田原のような緩斜面だけでなく、かなりの急傾斜の山林も梅林として拓かれています。

 そして、梅林の林床には、青いネットが一面に張られています。これは何をするものかというと、梅は適度に熟してくると自然に落果しますが、このネットで梅の落果を受け止め、梅園の斜度をうまく使って、梅が梅園の一番下まで転がってくるようになっているのです!実際、道路わきの斜面の裾で、ネットにたまったたくさんの梅を、農家の方々が掬い取ってコンテナに移す作業が行われていました。斜度のない平地の畑では、タモ網のようなもので落ちている梅をまとめて拾いながらの収穫。小田原で見慣れた、梅の木から一粒ずつ手でもいでいくという作業がなく、自然に落ちたものを一気に拾い集めるので、収穫の効率は格段に高くなります。一本ずつの木に脚立をかけて手でもぐ、と言う作業が必要ないため、かなりの斜度の斜面でも梅の栽培と収穫ができる、ということです。


 

 この作業を可能にしているのは、梅の品種の違いが大きいのです。小田原が現在取り組んでいる梅の高付加価値化に向け、主力として推奨しているのが「十郎」。これは、大玉で肉厚、肉も柔らかく、果皮も薄いので、梅干としては高い品質となるのですが、傷つきやすいので、丁寧な取り扱い、すなわち手もぎが欠かせません。したがって、栽培面積には自ずと限界が出てしまいます。一方、みなべ町が主産地で全国の梅干ブランドのトップを確立している「南高」は、大玉で肉厚ですが、果皮もある程度厚めであり、傷がつきにくいと言われています。したがって、ネット上に落果させた上で収穫をしても、大きな問題にはならず、大面積での栽培が可能になるということです。

 みなべ町では、農家の高い拡大意欲を受け、これまでにも町内の各地に梅の圃場を整備してきた経緯があります、山間地の谷戸を埋め立て、1か所で30haとか50haとか、ともかく広大な圃場を幾つも造成、そこに多くの梅農家が梅園を設け、規模拡大を図っています。これら広大な梅園は、梅の花が咲く時期にはたいへんな壮観になります。


若き梅専業農家

 

 お訪ねした日も、梅農家の皆さんは収穫作業に大わらわで、家族以外の働き手も雇って、大勢で収穫し、果樹園地帯ではコンテナを満載した軽トラがガンガン出荷作業に走り回っていました。収穫作業はだいたい午前中に終わらせて、午後は各農家での作業が待っているのです。

 午後は、その農家での作業を見るため、有力な若手栽培農家の森川さんのお宅へ。みなべ町の梅栽培農家には、一様に倉庫と加工設備、干場がセットで揃っています。ここに、みなべ町の梅産業として安定性と事業性を生み出す仕組みがあるのです。


 

 収穫された梅は、農家に持ち帰られ、まず洗浄と大きさ別に分ける機械に乗せられます。その過程で、ひどく傷んだ実や、枝や葉などのゴミを取り除きます。Mから4Lくらいまでの大きさに自動的に選別され大きなカゴに入れられた梅は、そのままフォークリフトで奥の倉庫へ。ここで、梅は大きな容器で塩漬けにされ、一定期間ののちに梅干用の干場(大きなハウス)に天日干しされ、白干梅に加工され、樽貯蔵されます。つまり、みなべ町の梅農家は、収穫した梅をそのまま出荷するのではなく、農家で梅干までに加工してしまい、一定程度の貯蔵ができる状態にしたうえで、個別に梅干加工事業者などと取引をしているのです。生梅というのは、どうしても市況に左右されたり、農家の出荷が一時におきると根が崩れたりしますが、梅干に加工して手元にストックし、時期を見て出荷することで、経営の安定と高付加価値化が図れるという仕組み。小田原でも勿論、梅研究会の農家さんたちはご自宅で小さな工房を持ち、様々に加工して根強いファンの方たちに直売をされていますが、数十トンという単位の梅を加工処理するという点で、みなべ町の農家の皆さんは、事業体としての規模と能力が格段に違います。


 

 お訪ねした森川さんは、元は農協の職員だったようですが、実家の梅園経営を継承。今は、4haほどの梅園を主力に、いくつかの生鮮野菜なども作りながら、かなりの年商を上げられています。もちろん、私がお訪ねした時もそうですが、梅の収穫と漬け込みのシーズンは目の回るような忙しさで、大粒の汗をかきながら、奥様やご家族と一緒に懸命の作業をされていました。まだ30代後半の、働き盛り。洗浄・選別機、フォークリフト、漬け込み用の倉庫、干場となる大型ハウス、最近設置した梅酒用の加工施設など、相当の借り入れも起こしておられるそうですが、それでもしっかりした事業基盤を築かれ、希望をもって仕事に没頭されているお姿が、素晴らしいと思いました。森川さんのような、数haの梅林を手掛ける若手農家も大勢いられるようで、良い意味での競争相手でもあり、悩みを分かち合う大切な同志でもあるとのこと。みなべ町には、今のところ「後継者問題」というのは存在していないのだと、確認ができました。


青梅の出荷

 

 農家から出荷されるのは、白干し梅が8割を越えますが、全体の2割程度は、自家製で梅酒や梅干に漬込むための梅、いわゆる青梅で出荷が行われています。これは時機を選ぶものですから、6月中~下旬が出荷のピーク。小田原では、成田の選果場に青梅がコンテナで持ち込まれ、選果場で一斉にふるいにかけて大きさを選別し、JAとして流通経路に乗せていくのが主流ですが、みなべ町では農家においてサイズごとに選別、箱詰めし、集積所であるJAの各支店に持ち込まれます。持ち込まれた箱から抜き打ちで検査し、品質を確認。統一のブランド「みなべの南高梅」に傷を付けぬよう、厳しい品質管理が行われています。


研究機関との連携

 

 みなべ町の梅産業の強みは、梅の栽培技術や品種改良などを専門に研究し、実際の農業経営や加工事業に貴重なデータや指導を与えてくれる、公立の研究機関が存在していることです。一つは、和歌山県の果樹試験場うめ研究所。お訪ねをすると、広大な敷地に栽培条件の検証に用いる大型のハウスが数棟建てられており、土質、気温、湿度などの条件を細かく設定しながら、適切な栽培や防除の技術を研究しています。それらの成果は、町の産業政策や、農家の栽培方法に直接活かされており、ブランド化は科学技術によっても支えられています。


多彩な加工・販売事業者

 みなべ町で多くの梅専業農家が成立をしているのは、生産された梅がきちんと出荷でき、一定の収益を上げることができるからに他なりません。それを支えているのは、多彩な梅関連の加工販売事業者です。梅干、梅酒はもとより、実に様々な梅関連商品がここで製造され、直販施設はもとより、昨今では通販やネット販売が急速に伸びており、私たちの日常の中でも梅関連製品のたくさんの広告を目にするようになりました。

 

 加工業者は、農家が白干梅に加工した梅を樽で仕入れ、それを自社工場で様々な加工品へと手を加えています。町内で最も大きな事業規模をもつ、株式会社ウメタをお訪ねし、実際の加工施設と作業の様子を拝見することができました。オーソドックスな梅干のみならず、最近売れ筋のハチミツ漬など様々な味に仕込む漬込み工程、大勢の従業員の皆さんが整然と商品をパッキングする行程、ネット注文などに応じ全国各地に配送する行程、様々な調味を研究する工房、工場に併設された直売所、来客用に梅の栽培や加工工程を説明するギャラリーなどが一体的に整備されています。そして、主要な製造工程は、来訪者が見学できるよう、ガラス張りの見学コースも設置されています。

 社長の泰地祥夫さん、弟で工場長の泰地伸明さんに、経営の状況や、今後力を入れていく部門などについて、いろいろとお話を伺うことができました。梅関連商品の新たなマーケット、消費スタイルを提案しつつ、主力の梅干はしっかりと品質確保を行い、販路は通販及びネットで拡大をしていくというのが基本。新しく発行する予定のカタログを見せて頂きながら、果敢に市場創造へのチャレンジをされている様子がよくわかりました。

 このような、梅に特化した意欲的な事業者が、生産者を支え、梅のマーケットを作り続けているからこそ、みなべの梅産業は成長を続けているのだと思います。

 

 まる一日かけて、みなべ町の梅の栽培から加工・販売に係わる、様々な取り組みをつぶさに拝見し、その産業としての基盤の磐石さと広がりに驚嘆すると共に、小田原の今後に向けて様々な宿題をどっさりと頂いた思いです。現在は、高齢化が進んでいるとはいえ技術と意欲の高い生産者が多数おられるから大丈夫ですが、あと10年ほどすれば、生産者の年齢構造の問題が一気に顕在化し、放任園が急増する可能性が否定できません。後継者をどう育てるか、そのための梅栽培の事業性を何によって確保していくのか、高付加価値化と作付け拡大をどうバランスさせられるかなど、梅産地としてどちらの方向に舵を切っていくのか、十分に検討をする必要があると感じました。

 市内で熱心に栽培に取り組んでおられる生産者の皆さん、小田原にも多数営業をされている加工業者の皆さんと、このあたりは今後じっくりと意見交換し、産地としての方向性を見定めていきたいと思います。


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