記者発表 資料
記者発表 資料
| 発信日 | 2013 年 06 月 14 日 | 公開日 | 2013 年 06 月 14 日 |
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| 担当課 | 文化部:生涯学習課 | 電話番号 | 23-1377 |
| 事業名称 | 「小田原橋親柱」を展示・公開しました |
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| サブタイトル | 郷土文化館屋外展示資料 |
| 事業内容 | 「小田原橋 親柱」が、小田原市郷土文化館の新たな資料として加わりました。 「小田原橋」は、東京都中央区築地6丁目に所在したコンクリート製のアーチ橋で、昭和4(1929)年から、築地川の東支川と南支川とが交差する地点に架設されていました。橋の名称は、橋の東詰一帯が、江戸時代から昭和7(1932)年まで「南小田原町」、同41(1966)年まで「小田原町」と呼ばれたことに由来しています。 「小田原町」の町名は、小田原の石工善左衛門が、当地を江戸城築城などのための石材の荷揚場として、慶長年間(1596-1615)に拝領したことに由来すると伝えられています。 その後、石揚げ場が築地へ移転し、新たに「南小田原町」が成立すると、元の小田原町は「本小田原町」と改称しましたが、昭和7(1932)年、関東大震災後の区画整理等によって町名が消え、代わって南小田原町一帯が「小田原町」として編成されたものの、これも昭和41(1966)年、築地に編入となって、以後「小田原町」の町名は失われました。 こうした現状にあって、かつての小田原町に所在した「小田原橋」は、本市にとって小田原町の存在を伝える貴重な歴史遺産となっていましたが、平成25年度に撤去されたため、市では中央区より現存していた小田原橋の親柱3本のうち1本を譲り受け、小田原と江戸とを結ぶ貴重な歴史を伝える資料として、郷土文化館の前庭で保存・公開しています。 |
| 添付資料1 | 小田原橋解説シート |
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| 添付資料2 |
| 関連サイトタイトル1 | 郷土文化館の屋外展示資料として「小田原橋親柱」を展示・公開しました |
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| 関連サイトアドレス1 | https://www.city.odawara.kanagawa.jp/public-i/facilities/kyodo/topics/odawarabashi.html |
| 関連サイトタイトル2 | |
| 関連サイトアドレス2 |