小田原市

「二宮金次郎とわたし」作文について

小田原市では小学校4年生の授業の一環として、郷土の偉人である二宮金次郎(尊徳)について学ぶ「尊徳学習」という機会があります。この際に学んだ尊徳翁の事績や教えを振り返り、文章に表現することを通して尊徳翁への理解や関心をさらに深められれば…といった考えのもと、市立小学校5・6年生を対象とした夏休みの課題のひとつとして、「二宮金次郎とわたし」という作文を書いていただいております。

 

二宮尊徳から学んだもの~私が尊徳の生き方から学んだこと。学んだ教えをいかしていること~」をテーマに、皆さんに作文をお願いしましたところ、平成28年度は144人よりご応募いただきました。

 

寄せられた作品には、「積小為大」や「至誠」「勤労」「分度」「推譲」などの尊徳先生の教えを受けて、周りの人を思いやったり、努力の大切さを再確認している様子が作文に表れており、本市の尊徳学習が子供たちに根付いていることを実感できました。

作文発表会

平成28年10月15日(土)に開催した「第59回 尊徳祭」の開会式で、今回応募いただきました中から5人の作文について、開会式参加者の皆さんの前で口頭発表していただきました。(小林さんは都合により欠席でしたが、作文はご紹介させて頂きます)(50音順)

「二宮金次郎とわたし」作文発表会
「二宮金次郎とわたし」作文発表会

小池 樹杏さん(足柄小学校5年生)

「桜町での二宮金次郎」

 

私は、四年生のころ初めて金次郎を知り、いろいろなことを学びました。その中で一番興味を持ったのが桜町立て直しのことです。

二宮金次郎は、江戸後期の農政家として、難村復興の仕事をしていました。桜町立て直しはその仕事の一つです。桜町の立て直しの中で「なす」の話があります。夏前のなすを食べた金次郎が秋なすの味がすることに気づき、今年の夏は冷夏になると予測しました。そのことを村人達に伝え、冷害に強いヒエを植えさせたのです。

私はこの話を知り、二つのことを思いました。一つは、金次郎の味覚のすごさです。私には夏のなすと秋のなすのちがいが分かりません。夏に食べたなすの味を秋味のなすと感じ、そこから冷夏になると予測するなんて、現代の気象予報士にも出来ないことだと思います。

二つ目は、冷夏になると予測した上でその対策を考える先見の力です。冷夏になる前に育てていた作物をむだにしなければなりません。金次郎はそれを承知の上で植えかえを指示しました。金次郎は、自分の考えに自信を持ち、勇気ある決断をしたのだと思います。その結果、金次郎の考えは的中し、他の地域ではうえ死にする被害がありましたが、金次郎の教えを実行した桜町では、被害がありませんでした。

金次郎は、桜町の人の命を救いました。金次郎の「感じる力」「先見の力」「決断の力」に優れていたところが、現代でも偉人として伝わる理由なのではないかと思います。

小林 智仁さん(酒匂小学校5年生)

「人のためにつくすこと」

 

人のためにつくすとはどういうことなのか。尊徳記念館に行ってから、深く考えるようになりました。ぼくは今まで勉強をさぼったり、よく考えずに行動していたりしていました。また、ぼくは何の不自由もなくて、幸せな生活を送ることもできています。そして、当時の事をいろいろ知って、今のぼくたちの生活とは全然ちがうことにおどろきました。

ぼくが特におどろいたことは、金次郎さんが何度も他人を助けるために、自分の家や田畑や財産を全部売り飛ばしてまで、人助けに行ったことです。自分の努力と知恵で、せっかく手に入れた財産を全部売りはらってしまうということは、みんなそうかんたんにはできないと思います。それだけ金次郎さんは、みんなの幸せを大切にしていたということです。

身を切る覚悟。これが金次郎さんにはいつもあったと思います。同じ事はできなくても、ぼくにもこれが必要な時が来るかもしれません。

金次郎さんは、なぜこんな大変なことをすることができたのでしょうか。ぼくは金次郎さんが自分だけではなく、他の人の暮らしの幸せを心から願ったからできたと思います。きっと金次郎さんは愛情深い人なんだと思いました。

ぼくは、金次郎さんみたいに、人の役に立てる人になりたいと思います。これからは人に頼まれたこと、引き受けたことは責任をもってやりたいです。金次郎さんですら、大きな仕事をなしとげるには、人々の協力が必要でした。そして、協力を得るためには信頼が必要でした。だから、ぼくも人から頼まれたことを引き受けたら、協力を得られるように、そして信頼される人になりたいと思います。

髙橋 陽希さん(報徳小学校5年生)

「金次郎と積小為大」

 

金次郎さんは、人の役に立つことを進んでやりました。力仕事をしたり、ききんを救ったり、年をとり動きづらくなってもその精神は変わりませんでした。その中で金次郎さんは、大切な意味を持った言葉を残しました。その中でぼくは積小為大という言葉にひかれました。

小さいことをコツコツ積み重ねるとやがて大きな成果につながる。初めて聞いたとき、「これを実さいできたらどんな気持ちになるのだろう。きっと地道にやってきたことがむくわれて、うれしい気持ちになるはず。」そう感じました。それから、学校の授業で菜種の油しぼりをやりました。ティーパックの中に菜種を入れて、またティーパックでくるみます。その後器械に入れてレバーを何度も何度も引きます。レバーを引くのはかなりの力が必要で、2人がかりでやったこともありました。しかし、それで出てくるはずの菜種油は2・3滴。あまりにも少ないのです。だから工夫してやるようにしました。日光に当ててかわかしたり、すりつぶしてしぼったり、いろいろな事をしました。感動したのは1組と2組の助け合いです。この2つの組がアイデアを出し合うことで油をたくさんしぼれるようになったのです。それでもまだ大きなビンにためるには、かなり少ないものでした。しかし、ついにビン一つためることができました。積小為大を感じることができたのです。ぼくは、うれしさでむねがいっぱいでした。
金次郎さんの生きていた時代から約200年たち、生活は便利になっています。けれど金次郎さんが残した言葉や考え方は今に受け継がれてきました。これから先も大事にしていきたい言葉です。

松本 彩希さん(桜井小学校6年生)

「金次郎の生き方から感じたこと」

 

私は金次郎の生き方から、人のために行動するすばらしさ、何事にも熱心にとりくむ大切さを感じました。

金次郎が人のために行動していると思ったのは、金次郎のお父さんが病気でたおれた時、金次郎は寺子屋には行かず、土手工事に行ったり、わらじを作ったりしていたのを知ったからです。この事に私はとてもおどろきました。なぜなら、それまでの私は、やりたい事は一生けん命やり、やりたくない事はやっつけでやっていたので、自分だったら絶対に土手工事ではなく寺子屋に行っていたと思うからです。しかし、金次郎の自分の事より先に人のために働くという生き方を知り、人のために働くすばらしさを知ったので、進んで家や友達の手伝いをするようにしようと思いました。

金次郎が何事にも熱心にとりくんでいると思ったのは、金次郎が子どもの時、たき木集めのとちゅうで本を読んで、家の手伝いも勉強も熱心にやっていたからです。私はちょうどこの事実を知ったとき、習い事と勉強の両立に苦戦していました。しかし、両立が不可能ではないことが分かったので、習い事までの少ない時間も有効に活用し、そこで勉強したらどうだろうなどと、両立のしかたを見直し、一つ一つを熱心に取りくもう、と思えるようになりました。
二宮金次郎の生き方から感じた事をこれからも生かし、よりよい行動がいつでもとれるようにしたいと思います。

森下 晴喜さん(報徳小学校5年生)

「金次郎さんを学んで」
 

僕の小学校にある金次郎さんの像はとても珍しい像と言われています。「まごころの像」と呼ばれています。わらじを差し出しているスタイルです。この話を先生から教えてもらったときに、「なるほど他の場所で良く見かける像とは違うな」と、初めて気づきました。4年生の授業で、わらじの話を聞きました。金次郎さんは、お父さんの代わりに堤防工事に出たときに、子どもの自分には、重たいものを持てないので、他に何ができるかを考えました。「わらじ作りならできる」とわらじをたくさん作って、みんなに配ったという話です。僕は、できない時は諦めてしまうけれど、金次郎さんは、自分にできることを探して実行しているので、偉いなと思いました。僕も金次郎さんみたいに、自分ができない時には、周りのことを考えて自分にできることがないか探していきたいと思います。

他にも印象に残っていることが二つあります。一つは「積小為大」の言葉です。「小さなことでも、コツコツと積み重ねていけば、大きなことができるようになる」という意味です。僕はソフトを習っていますが、上手にならないので諦めたくなる時があります。でも金次郎さんの「積小為大」を思い出して、練習をコツコツとがんばっています。

二つ目は、授業で菜種油を灯したことです。友達と工夫してあんどん作りをしました。みんなで協力してあんどんに実際に火が灯ったときは、とても感動しました。昔の人はあかりを灯すのに、すごく苦労したんだなと思い、あかりの大切さがよく分かりました。スイッチ一つで電気がつく現代はとても恵まれているなと感じます。

現代の便利さに感謝し、金次郎さんのように節約を心がけたり、いろいろなものを大切にしていきたいと思いました。

渡邊 華羽さん(下曽我小学校5年生)

「金次郎さんから学んだ事」

 

私が、金次郎さんの生き方から感じた事、考えた事は特に四つあります。

一つ目は、金次郎さんが小さい時に両親を亡くした時の事です。金次郎さんは、悲しくてもめげずに「自分が親の代わりに一生けん命働くぞ」と思った場面からです。私は、この事から、自分があたえられた役割は、最後までやりとげる事を学びました。また、あたえられた役割を果たす事によって、他の人にも役立つんだと感じました。

二つ目は、住民が暮らしやすくなるよう、色々な場所や家を復興させた場面についてです。金次郎さんは、この時に色々な人と関わり合って、色々な人と協力して町を復興させました。私は、この場面から、だれとでも関わり合い、人と協力する大切さを学びました。

三つ目は、自分が病気でも、住民のためを思い、最後まで復興しようと、あきらめずにがんばる場面からです。私は、無理だと思ったらすぐにあきらめて、その事をやめてしまいます。けれど、金次郎さんの生き方から学んで、何事も一生けん命やりとげる事、最後まであきらめない事を学びました。

四つ目は、金次郎さんが亡くなった後も、住民の人たちが、「ものを大切にしよう」という気持ちを持ち続けた事からです。金次郎さんの教えは今も人々に残っていると思います。私も、この世のものの全てに感しゃをし、ものを大切にしていこうと思います。

この四つ以外にも、たくさん金次郎さんから学ぶ事がありました。また、金次郎さんの事を調べていくうちに、金次郎さんがどれだけすごいかもよく分かりました。今までの私は、ものを大切にしたり、人と協力することがあまりできていませんでした。なので、これからは心をかえて、金次郎さんの生き方から感じた事を行動に移すように努力していきたいです。

最終更新日:2016年11月15日

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