レポーターブログバナー
2016年08月30日(火)

清閑亭・午後のひととき

第11回文化セミナーのポスター第11回文化セミナーのポスター
  「清閑亭」は、小田原城の南側、国道1号線との間にあります。黒田長成侯爵が、1906年(明治39年)に数寄屋風書院造りの別邸として造営したそうですから、もう百十年前の建物です。贅を凝らした清閑亭を会場に、8月20日、第11回文化セミナー『地域と共存するアート』が開催されました。台風が近づいて不安定な天気と予報されていましたが、幸い荒れた天気になることもなく、夏の暑い日差しの中、文化セミナーに参加するため清閑亭を訪れました。
 
アール・ド・ヴィーヴル展のポスターアール・ド・ヴィーヴル展のポスター
アール・ド・ヴィーヴル展「自分らしく生きる」

 清閑亭では、ちょうどアール・ド・ヴィーヴル展「自分らしく生きるⅤ」も開催されていました。NPO法人「アール・ド・ヴィーヴル」は、障害のある人たちの表現活動の場を提供する活動に取り組んでいます。ワークショップや学習会、講演会などを企画しています。今回の清閑亭の和室や蔵での作品展も、その活動の一環です。

 展示されている作品のどれもが魅力的でした。特に、その色彩感覚には、驚くほどの輝きが感じられます。萩原美由紀理事長に「絵を描くに当って、どなたかの指導を受けるのですか?」と尋ねたところ、「誰の指導も受けません。自分たちだけで最後まで描きます。色使いなどの指導を受けると、みな同じようになってしまいますから。」と、制作過程では誰もが自由に描いていると教えていただきました。「アートディレクター(中津川浩章氏)はいます。ただ、彼は最後まで見守るだけです。」とも説明されました。
「蔵」会場の作品展示風景「蔵」会場の作品展示風景
 展示作品の中でも人気があったのが、蔵会場の中央に展示されていた、小さなフィギアたちでした。とても精巧に造形されていました。自分の想像するキャラクターの姿を、全て指先だけで粘土を練って形にしています。色彩も鮮やかで、造形の後に色付けするのだそうです。
2階和室・床の間の作品展示2階和室・床の間の作品展示
 1階と2階の和室にも、さり気なく絵画作品が展示されていました。床の間に飾られた絵画は、以外にも純和風建築の空間に、違和感なく溶け込んでいたのが不思議でした。数寄屋建築と素朴で純粋な絵画とは、その感性が共鳴するのではないかと感じた瞬間でした。ひとつひとつの作品は、どれも展示会のテーマである「自分らしく」個性にあふれ、ひとりひとりの「生きる」息吹が伝わってきました。
文化セミナーの会場風景文化セミナーの会場風景
 文化セミナー「地域と共存するアート」

  13時から第11回文化セミナーが開催されました。小田原市文化部文化政策課主催の文化セミナーは毎回多彩なゲストをお招きして、様々な文化的テーマでお話を聴きます。今回は、日本各地で現代アートのプロジェクトや芸術祭のディレクターをされている芹沢(せりざわ)高志(たかし)さんでした。



 
講師の芹沢高志氏講師の芹沢高志氏
 芹沢さんは、2009年から開催されている「別府現代芸術フェスティバル 混浴温泉世界」や、9月から開催される「さいたまトリエンナーレ2016」などのディレクターを務められています。現代アートは、難しい、分からない、と言われます。芹沢さんは、現代アートとは、美術館と云う「ホワイトキューブ」から、街や風景の中へ芸術が出ていくことが特徴だと話されました。「ホワイトキューブ」とは、美術館などの展示空間のことで、白い立方体の内側のように壁面は白く塗られ、凹凸や装飾が一切なく、均質な光が満ちる空間です。ホワイトキューブの外で展示され、地域と一体化する現代アートが多くなっています。今世紀になるとトリエンナーレやビエンナーレとして、日本各地で芸術祭が盛んに開かれるようになったそうです。なるほど、それで、人気が高まっている「瀬戸内国際芸術祭」のように、これまで過疎と言われてきたような地域でも開催されるようになっているのだと分かりました。
 数多くの現場でプロジェクトを率いてこられた芹沢さんは、地域とアートを共存させるための3ポイントを指摘されました。一つ目は、「アートは物ではない。人の営みであり、プロセスとして理解すること」です。アートは魔術のようで、視点を変えることで見えている世界とまた別の世界を生き生きと現出させることができるのです。二つ目は、「アートと計画は指向するベクトルが異なる」です。町興しのために芸術祭が企画されますが、しばしば「ちっとも町おこしにならない」との批判が起きます。芹沢さんは、「アートは、問題発見や問題提起をするものであって、問題解決の手段ではない」と断言されました。三つ目は、「地域とアートを固定した関係でとらえない」です。アートの「挑戦」に対して、地域が「応答」していく。そういう相互関係を形成していくことが重要だと説明されました。アートを町興しの道具として期待してしまうきらいがありますが、この説明でアートに具体的な地域問題への解決を期待してはいけないのだと分かりました。
右から、平井宏典氏、芹沢高志氏、藤川理一氏右から、平井宏典氏、芹沢高志氏、藤川理一氏
 芹沢さんの講演の後、「真鶴まちなーれ」のディレクターである平井宏典氏が加わり、FM小田原の藤川理一氏の司会で、対談会が行われました。平井さんは、「私たちの町のあり方を考えるためのプロジェクト」を立ち上げ、真鶴らしい美しさとは何か、を問い掛けて「真鶴まちなーれ」に取り組んでいるそうです。芹沢さんの別府「混浴温泉世界」の例では、当初地域の人は全く無関心でしたが、アーティストたちが帰った後、事務所に若い女性ボランティアが入って来て活動を始めてからガラリと変わったそうです。今では、地域の人たちが、思い思いにアート活動を始めて、地域の中にアートが根付いているそうです。

 小田原については、城・歴史・生活・なりわいがバラバラの印象で、テーマを決めて物語を紡ぎ直す必要があるのではないか、とのご指摘がありました。小田原は東京に近く、来る人にとって「異境の地」ではない。歴史好きや地形好きが多いにもかかわらず、全体像を話し合う機会が少ないのでは、まず集まることから始めたらどうか、とのご提案も頂きました。
清閑亭の午後のひととき

 この日の清閑亭は来館者が多く、1階中央の喫茶室も満席となっているような状況でした。セミナー中も隣の喫茶室から笑い声が漏れてきて、その賑やかさが伝わってきました。セミナーが終わってから、清閑亭2階へ上り、そこでも展示されていたアール・ド・ヴィーヴルの作品を観に行きました。二階南側のガラス窓を通して眺める相模湾の広々とした風景が、夏の午後の眩しい日差しの中で、開放的な気持ちにさせてくれました。
 これまでの文化セミナーの会場は、市民会館やUMECOの会議室が使われてきました。一方で、この日の会場であった清閑亭は、110年も前の数寄屋造りの落ち着いた雰囲気があります。畳敷きの和室に参加者が肩寄せ合って座り、講師の息遣いまで感じながらお話を聴くと、話す人と聞く人を区分けない親しみが感じられて講師との距離が限りなく近くなりました。清閑亭は、展示された作品を楽しみ、仲間と談笑し、先人の話に耳を傾ける、そんな豊かな時間が過ごせる空間でした。

 清閑亭では、8月24日から9月5までの予定で、OWP《アートにタッチ1》展が開催されています。皆さまも、是非清閑亭へお出掛けになり、ゆったりと夏の午後のひとときをお過ごしになられては如何でしょうか。(深野 彰 記)
 

2016/08/30 11:14 | 芸術

ページトップ