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2021年10月12日(火)

中根希子ピアノ開きコンサート

撮影:稲子紀夫(小田原市提供)撮影:稲子紀夫(小田原市提供)
2021年9月26日(日)、新しく出来た三の丸ホールに新規購入したスタインウェイのフルコンサートグランドピアノ開きコンサートが、選定者の中根希子(あきこ)さんの演奏により開かれました。
ピアノ開き、聞き慣れない方も多いと思います。ホールなどにピアノを採用する際、ピアノ選定者が選出され、弾きこみ、お披露目をすることを「ピアノ開き」と呼びます。
当日の様子をご紹介する前に、先ずは鍵盤楽器としてのピアノの歴史をちょっと遡ってみましょう。
ピアノのルーツは1397年オーストリアのヘルマン・ポールによって発明されたと言われるチェンバロ。英語で「ハープシコード」フランス語で「クラブサン」と呼ばれるこの楽器は、よりダイナミックに強弱を表現する楽器「ピアノ」の登場によりその座を明け渡していきます。
1777年フランスで設立のエラール、同じくフランスで1807年創設のプレイエル(ショパンの愛用のピアノだったそうで、このピアノで聞く「子犬のワルツ」は本当にかわいい子犬が跳ね回っていて、他のピアノで聞くのと全く異なる音楽が流れてきます。)、その他にも1828年にオーストリアで創設されたベーゼンドルファーなど、一口にピアノといっても多くの銘柄が有り、それぞれの銘柄で構造も違い音色も異なり、また同じ銘柄でも一台一台の個性があります。スタインウェイは、1935年にドイツのハンブルグで始まり、ニューヨークで絶大な信頼を得ました。その後ハンブルグでも製造し、現在日本に輸入されるピアノは殆どハンブルグ製です。(参考:ピアノの歴史 小倉喜久子 河出書房新社)
さて前置きが長くなりましたが、ピアノを選定し、弾きこみ、お披露目をすることは、その楽器の個性を人前に出せるように育てていく仕事。
ピアノを馬に例えれば、じゃじゃ馬慣らしとも言えるかも知れません。
小田原市民会館でもっとも多くピアノを弾かれてきた方として、中根さんが名誉ある選定者に選ばれ、今年2月に選ばれたピアノが6月に三の丸ホールに運び込まれてから何十時間も弾きこまれて調整され、このピアノ開きの演奏会に至りました。
三の丸ホールの開館を祝い、そして新しくこのホールに登場するスタインウェイのフルコンサートグランドピアノのお披露目にふさわしく「光と色彩の作曲家」と呼ばれるドビュッシーと、クラシック奏者からジャズ奏者まで幅広く演奏されるピアソラのリベルタンゴなどが演奏され、最後の最後でサプライズプレゼント付きの素晴らしいコンサートでした。
第1部ドビュッシープログラム。
第1曲:「忘れられた映像」(Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ)。
キーンと響く高音から、きちっと鳴る低音部、そして豊かに響く音の流れの中で、中根さんの演奏により、“色彩の作曲家“と呼ばれるドビュッシーのそれぞれの音符が、万華鏡から飛び出した様に色付けづけられて流れてきました。
第2曲:「月の光」(ベルガマスク組曲)より。
ドビュッシーと言えばこの曲。中根マジックは、新しいスタインウェイのキラキラとした8Kの様な解像度のある魅力を導きだして、私達を夢の世界に運んでくれました。
第3曲:「アラベスク第1番」。
一つ一つの音符が愛おしくなるこの可愛い曲に身をゆだねた一瞬でした。
演奏の後、中根さんから「私と共にピアノも成長していて、この色彩豊かなピアノの特性を紹介するためにドビュッシーを選んだ。」とお話があり、第4曲の「版画」の3曲が、東洋、スペイン、フランスの味を表す音楽と解説されました。
第4曲:「版画」3曲。
エキゾチックな感じの「塔」、夕暮れの光のグラディエーションを映し出す「グラナダの夕べ」、雨の情景を奏でる「雨の庭」特にこの後半での和音が重ねられるところで壮大な響きでピアノも気持ちよさそうに鳴っていました。
撮影:稲子紀夫(小田原市提供)撮影:稲子紀夫(小田原市提供)
第2部.ここで中根さんがこのスタインウェイ(61235番(=D-274))を、選び、弾きこんでいく過程を描く動画が紹介されました。
まず今年の2月に中根さんが、3台を弾き比べて、このスタインウェイを選んだところから始まり、4月に三の丸ホールに到着し、6月から大ホールで、またある日はピアノ収蔵庫で何と130時間以上も引き込みを続けてから、このピアノ開きの日を迎えました。それはまさにこのスタインウェイに「いのちをひきこむ」日々とのことでした。この映像の背景に流れるピアノの音が、高音の単音で静かに響く中でステージは暗転します。
第2部第1曲:ピアソラ:リベルタンゴ。
ステージにスポットの光が当たり、中根さんが華麗な青いドレスで登場しピアソラの「リベルタンゴ」が奔流のように流れ始めました。この曲はクラシックからジャズまで幅広い奏者に愛されていて、アルゼンチンのバンドネオン奏者であり作曲家のピアソラ本人は、この曲について「新天地での新たな発想への祝福」と語っており、このピアノ開きを祝福するのにふさわしい名曲です。
リベルタンゴの喝采の後、中根さんは、ピアノの弾きこみの日々を振り返り「もう一人の自分がここにいる様です。6時間も弾き続けると精神的にも肉体的にも追い込まれて来るが、楽器は生き物で、こちらがチャレンジすると反応してくれて、私も成長すると感じる。」とお話しされていました。
2曲目:カプースチン:24のプレリュードから23番。
このロシアの現代音楽家のとてもジャジーで素敵な曲を楽しく聞かせていただきました。
3曲目:セブラック:「休暇の日々から」第2集よりショパンの泉。
ステージは明るい光に満たされ、何かほっと暖かくなる様な雰囲気の中で、南フランス生まれのセブラックの音楽が優しく奏でられます。
4曲目:ドビュッシー:喜びの島。
ピアノ開きを締めくくるこの曲で、中根さんとスタインウェイがいわば人馬一体となり、この三の丸ホールで輝きに溢れた色彩が奔流のように流れていき、最後に高音が青い空につき抜ける様に響き渡りました。
満場の拍手に包まれたこのピアノ開きは、思いもかけないアンコールで締めくくられました。中根さんが、その場で聴衆にリクエストして選ばれた音階「ミ、ソ、ラ、シ、ド」による即興曲が、まるでこれまでのピアノ選びから弾きこみの日々の苦労を吹き飛ばすように、またスタインウェイ62135もその喜びを分かち合い跳ね回っている様な輝きに満ち溢れた至上の空間がそこに出現しました。
これから三の丸ホールと共に歩むスタインウェイを祝福している様な中根希子ピアノ開きコンサートでした。
中根さんによってその魅力を開いていただいたこのピアノ、 これから三の丸ホールをめくるめく音の輝きで満たしてくれることでしょう。 楽しみに待ちたいと思います。

記:しげじい

(注)
今回のピアノ開きに向け、ピアノの選定、弾き込み、ピアノ開きコンサートまでの一連の流れを中根さんが一人で担当されました。

※当日の会場の雰囲気等については、「スタインウエイ・ピアノと鬼滅市松模様」も併せてお読みください。

2021/10/12 16:25 | 音楽

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