小田原市

技人

技人vol.11【小田原蒲鉾】上村純正

みんなでいいもの作って、他との違いを出していくことが一番じゃないかなと思いますね。

蒲鉾(かまぼこ)は、平安後期に記された『類聚雑要抄(るいじゅざつようしょう)』の中に、関白右大臣が東三條へ移御(いぎょする)際の祝宴の献立が図になって残っており、現存する最古の記録とされている。また、室町時代の文献『宗五大双紙(そうごおおぞうし)』には、「かまぼこはなまず本也、蒲の穂を似せたるもの也」という記述があり、材料はなまずの身をすり潰し、細い竹にそのすり身をつけて火で焼いた、今でいう竹輪のようなもので、その形が蒲の穂に似ていることや、蒲の穂は鉾に似ていることから蒲鉾と呼ばれるようになった。
小田原での蒲鉾作りは、今から230年以上遡ることができる。当時の小田原では、たくさんの魚が獲れ、また東海道の宿場町としてもにぎわい、旅人だけでなく職人や料理人の出入りも多く、そういった人たちから蒲鉾作りの技が伝わったと推測される。現在の小田原蒲鉾は、原材料であるグチと小田原の水、本来の製造方法にこだわり、品質の保持と製造技術の伝承・発展に努めている。

―山上(やまょう)蒲鉾店さんはもとは米屋さんだったそうですね。

元禄(げんろく)から明治にかけてですけどね。明治11年に市内山王の方から網元の子供が養子にきてるんですよ。それで米屋をやめて、鮮魚兼蒲鉾屋として始まったと聞いています。
―上村(うえむら)さんは今年おいくつになりますか。
60歳です。
小田原で蒲鉾作りが盛んになった理由を教えてください。
小田原で蒲鉾が作られるようになったのは室町時代といわれてるんですけども、盛んになったのは江戸時代後期のようです。やっぱり相模湾で魚がたくさん獲れたということと、この辺りの水が蒲鉾作りに適していたということが一番じゃないですかね。
―小田原の水が適していたとはどういうことですか。
この辺は、ちょうど酒匂川と早川の中間ぐらいに位置するんです。早川っていうのは箱根山から流れてきて、酒匂川っていうのは丹沢山から流れて来るんです。それらの水が地下で合流することによって非常にいい水ができるんですね。カルシウムやマグネシウムといったミネラルが豊富な水になっています。うちには100メートルの井戸とあと中間で30メートルの井戸がありますが、30メートルの方は多少海水が差し込んだ水になっていますから、ナトリウム分が多めに入っています。飲んで塩辛いとかそんなことは全然ないんですけど、普通の水から比べると少し塩分が多いということです。両方の水を混ぜるんですけど、それが水さらし※1には非常にいい状態になるんです。小田原のこの辺りの水は、兵庫県の灘の水に似ているという話は聞いたことがありますね。
下処理された新鮮なグチが焼津から運び込まれる。

下処理された新鮮なグチが焼津から運び込まれる。

小田原の水は、昔からみなさん硬水だ硬水だって言われてたんでそうなのかなと思ってたんですけども、うちなんかの水はどちらかというと軟水なんですよ。通常はペーハーが7ぐらいなんですが、うちの水は7.6とか7.8とかちょっと高いんですよ。そういう水を使った方が蒲鉾にしなやかさっていうのが出てきますよね。もともと弾力の出にくい赤身の魚なんかはわざとアルカリさらしっていうのをやるんですよ。重曹を入れてペーハー値を高くしてやることで、もっちりした身ができあがってくるんですね。

※1【水さらし】:細かく削がれた魚肉を水にさらし、臭み、脂肪分、酵素類を取り除くことにより、白く弾力のある蒲鉾ができる。


職人の手によって、付包丁一つで裏ごしされたすり身を蒲鉾板に厚く扇形に盛リ付ける様子

職人の手によって、付包丁※2一つで裏ごしされたすり身を蒲鉾板に厚く扇形に盛リ付ける。

※2【付包丁】:蒲鉾のすり身の状態を確認したり、蒲鉾を成形するための包丁。

魚の身を水にさらし、魚の脂や血合いを取り除く様子

魚の身を水にさらし、魚の脂や血合いを取り除く。

―小田原は日本で指折りの蒲鉾産地になるんですか。
そうですね。特に、関東ではそういう認識がありますよね。仙台の方だと笹(ささ)かまっていうのがありますし、関西の方だと焼板とか、はも板とか、富山県の方だと昆布巻き蒲鉾っていう昆布で巻いた蒲鉾がありますね。東京にも、30軒から40軒くらいは蒲鉾屋さんがあると思うんですけど。その中で、小田原の蒲鉾が有名になったっていうことは、先達が品質のいいものを作ってこれだけのものにしてくれたってことですから、そういうものはこれからも守っていかなくちゃいけないですよね。
―蒲鉾が焼くから蒸すに変化したことに何か理由はありますか。
蒲鉾の始まりは、単に魚肉をすり潰し、棒に付けて焼いたものでしたけど、江戸時代に入ってから、ゆでたり蒸したりする調理方法が始まったようです。魚肉を水でさらす技術が考案されたり、板にのせて作る方法が開発されるようになってからは、蒸し蒲鉾が主流になったようですね。
―小田原の蒲鉾がグチという魚にこだわっている理由は。
昔は、相模湾で獲れるムツ・イサキ・タカベ・沖ギスなどを原料としていたんですけど、大正時代からそれらの魚が減ってきて、関東大震災後からは、現在の白グチ(イシモチ)を使うようになりましたね。
タラに比べると、グチの方が弾力とか魚の旨味が出ますからね。それから、グチという魚は東シナ海でたくさん獲れるんですけど、漁獲後の鮮度落ちが遅いんです。だから、小田原まで運んでも鮮度が保たれるんです。
―魚全体の水揚げ高は減ってきているのですか。
グチなんかは、昔は以西底びき網漁※3で大量に獲ってたんですけど、乱獲で魚の値段が下がって採算が合わずに廃業とか、資源保護のために規制が強化されて、政府の減船政策などで漁獲高は減ってますね。現在では、中国船・韓国船が長崎港に水揚げしたものや、長崎・下関・和歌山・四国等、日本近海でも獲れています。
―今、製造工程は機械化されているのですか。
機械化されたのは昭和30年代からですね。それまではすり身を蒲鉾板につけて成形するとかは、付包丁(つけぼうちょう)っていう包丁一本で、ほとんどが手作業でしたからね。現在では、洗魚・採肉・水さらし・擂潰(らいかい)※4・成型・蒸し工程・冷却・包装まで機械化されていますが、それぞれの工程で担当者が品質と衛生面をチェックするようにしています。それでも、製品によっては、手作業の部分もかなり残っていて、伊達(だて)巻はすべて手焼きですし、板に付かないさしみ蒲鉾なんかも、すべて手作業で成型しているんです。
―汚水処理はどのようにされていますか。
魚の頭を落としたりということはできるんですが、水さらしで脂を取ったりという工程で汚水が出てしまうんです。うちとしては、小田原の水で水さらしするのがいいと思ってますから、自前の汚水処理施設でちゃんと処理をした水を下水道に廃棄しています。魚のあらなんかも、処理業者に回収してもらってますね。
※3:【以西底びき網漁】:東シナ海・黄海を主漁場とする底びき網漁業で、その操業区域が、東経128度29分53秒以西と定められていることから、このように呼ばれている。
※4:【擂潰】:魚肉を臼に入れすり潰すこと。


魚の身を丁寧にすり込む様子

魚の身を丁寧にすり込む。

―昔からの製造方法を守っていくというのは今でも基本になっていますか。
そうですね。すり方とか、多少昔と違ってきてるものもありますけどね。石臼を使って仕上げるものとか、カッターを使って仕上げるものとかいろいろありますよ。一概にどちらがいいとは言えないですけど、カッターである程度すって、あとで石臼で仕上げるという方法をうちではとってます。
結局、蒲鉾って食感が重要視される製品じゃないですか。同じ魚でも時期によってその弾力も違うし、鮮度によっても違ってきますし、毎日同じ魚が来るわけじゃないですから、その日その日の状態を見ながら平均していいものを作っていくことが大変ですね。うちでも何段階か値段の違う蒲鉾がありますけど、蒲鉾の単価によってグチとタラの割合が変わってきます。あとは、蒸し温度とかも微妙に違うんですよね。すり上がる温度とかも時期によって変わってきますし、魚の身質とか、冷凍すり身でもその年によって違うので、それに合わせた製造方法をとってやらないといいものはできてこないですよ。これだって決めてかかると失敗しますね。


魚の身を丁寧にすり込む様子

魚の身を丁寧にすり込む。この作業はその日の気温や魚の状態 により、すり具合を判断する熟練を要する工程。

―技術の継承についてはどのようにされていますか。
小田原蒲鉾協同組合として、毎月一回手作業の伝承ということで若い人に指導したりしています。検定試験とかもありますし、やっぱりそれが基本になりますので。同じ身質のものでも、手付けでやるのと機械でやるのとでは弾力の出方も変わってきますのでね。
細工蒲鉾なんかにしても、昔は仕出し屋さんとか弁当屋さんで使われてたこともありましたし、結婚式の祝膳とかも、今では洋食が中心になりましたので、そんな注文もほとんどなくなりましたけども、そういうものはある程度技術がないとできないですね。今でも紅白で内祝いとか結婚式の引き出物に使われるところはまだ結構あります。
―蒲鉾は栄養面で見るとどうでしょうか。
高タンパクで脂肪が少ない食品ですね。ヘルシーな食品といえると思います。小田原蒲鉾は、他地域の蒲鉾と比べるとアミノ酸が豊富に含まれています。全国かまぼこ連合会では、蒲鉾の健康機能性についていろいろと研究しているようですね。


小さな小骨や皮などを取り除くために、すり上がった身を裏ごしする様子

小さな小骨や皮などを取り除くために、すり上がった身を裏ごしする。

―蒲鉾をおいしくいただく方法って何かありますか。
やっぱりいい蒲鉾は板わさとか、一本の蒲鉾を10切れぐらいに切って生で召し上がっていただくのが、食感とかも楽しんでいただけて一番おいしいでしょうね。
―最近のお客さんの好みの傾向はどうですか。
前から比べると、多少軟らかめが好まれてる気がします。何ていうんですかね、弾力のある中にもっちりしたしなやかさがあるものがいいと思うんですよ。あんまり硬くてごりごりするようなものは食べてもおいしくないですし、いい具合に仕上げるために、どの程度の身の硬さにしたらいいかというところがいつも悩むところですね。同じ一日やってても、わずかに硬めになったり軟らかめになったり微妙に違ってくるんです。熱の加え方によって弾力の出方が変わるんですよ。それによって延ばし具合とか微妙に変えていくんです。蒸し上がってこないと本当の弾力がどのように出てくるか分からないですし、冷えている時と常温のときとでも硬さは変わりますしね。みなさんがどのような状態で召し上がるか分かりませんけど、冷蔵庫から出して少しだけ置いたくらいが一番いいように思いますね。
今、小田原に蒲鉾屋さんが13社ありますけど、同じ値段の蒲鉾を食べ比べてみると各社それぞれ違いますよね。3月に、小田原かまぼこ桜まつりで利(き)き蒲(かま)っていうのをやるんです。まず、半分の6社の蒲鉾を出して、1番から6番までどこの蒲鉾屋さんかって教えるんです。それで食べてもらって特徴はこうですよと教えてあげて、次に順番を変えてまた食べてもらって、どれとどれが同じかっていうのを当ててもらうんですね。分かりづらいものと直ぐ分かるものと両方ありますけど、違いは分かりますよ。


付包丁で練り具合を確かめる様子

付包丁で練り具合を確かめる。蒲鉾の食感に影響する重要な工程。

―おせちとかで蒲鉾が使われる理由って何かあるのですか。
蒲鉾っていうのは、古い文献にも竹輪の形のものが絵でのっているんですけど、おめでたい席で使われたのが始まりですからね。
変な話ですけど、蒲鉾って包装紙に「御蒲鉾」ってみんな「御」がつきますけど、伊達巻とかは「御」はつかないです。こんな商品て珍しいですよね。それだけ高級品だったということだと思うんですよ。
―昭和49年には、高松宮同妃両殿下の御台覧の栄に浴され、その他にも何度も農林水産大臣賞を取られていますね。
昭和49年に第27回全国蒲鉾品評会が小田原であったんですよ。私は同席させていただいたわけではないのですが、その折に高松宮同妃両殿下が私どもの工場を見学され、小田原の蒲鉾屋さんを何軒か回られたようです。
農林水産大臣賞は最近では、平成21年に第61回全国蒲鉾品評会で「梅鶴(うめづる)」っていう蒲鉾でいただいて、その前は平成15年に第56回で「極(きわみ)」っていう蒲鉾でいだだきました。
―小さい頃から会社を継ぐという意識をお持ちでしたか。
そうですね。小学生の卒業文集にも蒲鉾屋を継ぐっていうことを書いてましたね。長男は家を継ぐもんだという育て方でしたから。次男、三男が仕事を手伝わなくても何も言われないけども、学生の頃も春休みや夏休みは手伝ってましたね。卒業後は、蒲鉾関係の会社2社に延べ3年ほど勤めて、それからこちらに戻ってきました。
―家業を継ぐというプレッシャーはありましたか。
それはありましたね。先代達が、ここまで築き上げたものを潰しちゃいけませんから、何とか大きくできればいいんですけど、そういう思いでやってきました。特に、小田原の蒲鉾ってのは他の地域と違って、品質で小田原名産というものを築き上げてきた土地じゃないですか。ですから、品質面を重要視していいものを作っていかなければ小田原の価値がなくなってしまうので、そういうところでも生の魚で、自社の工場で処理をしてということにこだわってやってますね。
―後継者はいらっしゃるのですか。
今年からなんですが、長男がいます。
機械によって成形された蒲鉾が、大型の蒸機に運ばれる様子

機械によって成形された蒲鉾が、大型の蒸機に運ばれる。

息子さんにも伝えていきたいことってありますか。
やっぱり食べ物ですからね、お客さんに召し上がっていただいて、喜んでいただける商品じゃないといけないし、おいしいって言っていただける商品を作り続けていかなくちゃいけないので、そこに注意してやっていって欲しいですよね。蒲鉾って、ちょっと油断する
と食感とかが落ちてしまうんですよ。生の魚の場合は、時期によって弾力も変わってきますので、そういうところにも注意してないと、安定していいものができてこないですからね。これくらいでいいやって思ってたら変なものができてしまうし、常にいいものを目指していくという気持ちを持ってないと品質が安定しないので、どこよりも一番という気持ちで蒲鉾作りをやって欲しいですね。
小田原蒲鉾として新しい試みはされていますか。
小田原港に水揚げされる魚(イサキ・シイラ・ウズワ・サバ・アジ・イナダ・ワカシ・タチウオなど)を使って、市内久野の間伐材で作った蒲鉾板で蒲鉾・竹輪・揚げものなどの新しい小田原名産を作ろうと小田原蒲鉾協同組合で研究しています。


魚のすり身をお湯でてはんぺんにしている様子

魚のすり身をお湯でゆでればはんぺんに、油で揚げればさつま揚げになる。

新しい商品開発もされているのですか。
いろいろとやってますね。お歳暮とお正月用として小田原の蒲鉾って冬に一番出るんですけど、夏場とか消費が落ち込むんですよ。それで、さしみ蒲鉾や焼きさしみ、さしみ天ぷら、つぶつぶ蒟蒻(こんにゃく)入りなど、夏に適した軟らかめでつるっとさっぱりした食感の商品や、もっちりとした食感のおつまみ蒲鉾も製造しています。また、地魚を利用した商品や、添加物を使用しない商品の開発もやっています。昔ながらの伝統の味を守りながらも、固定概念にとらわれないで、常に新しいことにもっと力を入れていかないといけないと思っています。
小田原蒲鉾の将来について何かお考えがありましたらお伺いできますか。
これからは昔と違いますからね、売り方ですよね。お客さんにどう伝えていくかって、そういうところをうまくやっていかなきゃいけないなと思ってるんです。まだまだ伝え方が下手だなって私自身でもそう思ってますね。みなさんに伝統の本物の味を知っていただいて、蒲鉾ってこんなにおいしいものだと思っていただけるようにしたいですね。
市内の小学校では3年生で、地場産業のことを勉強するんですけど、工場見学や手づくり体験授業とかそういったものにもっともっと力を入れて、子どもたちに蒲鉾の歴史やおいしさを知ってもらいたいなと思います。
それから、蒲鉾は原材料の種類や具材、調理方法によって形や色、味を自由に変化させられるので、いろいろな商品ができる可能性があると思っています。それぞれ自社の特徴を活かして、こだわりのある商品づくりをすることで、将来性のある産業になると思いますね。
小田原蒲鉾協同組合では、地域ブランドとして「小田原蒲鉾」「小田原かまぼこ」を地域団体商標として特許庁に登録しているんです。また、小田原蒲鉾のマークや小田原蒲鉾十か条をつくって13社で協力し合いながら小田原蒲鉾の発展に努めています。


手作業で蒲鉾を作る様子

製造工程の多くは機械化されているが、工程の一部はまだ手作業によるところがある。

小田原蒲鉾協同組合登録商標
小田原蒲鉾協同組合主催の研究会の様子

小田原蒲鉾協同組合では、若手の技術向上とその習得と継承のため、月に一度研究会を開いている。

小田原蒲鉾十か条
一.小田原蒲鉾たる品質を守るための努力を怠らず、その品質については、企業同士の理解を得ることができること。
二.原材料、副原料などすべてを吟味し、小田原蒲鉾の名をけっして辱めないこと。
三.原魚の持ち味を生かして高たんぱくの製品を製造していること。
四.板付け蒸し蒲鉾であること。(リテーナ成型蒲鉾※5は除く)
五.小田原蒲鉾本来の製法・技法・技術を頑固に守り、将来もそれを尊重する意思を持っていること。
六.小田原市に本社が登記され、なおかつ経営拠点が小田原市にあること。
七.小田原市内に自社の製造工場を持つこと。小田原以外に製造工場がある場合は、必ず自社工場であること。
八.小田原の蒲鉾業者としての歴史を50年以上有し、周囲からも同業者からも広く認知されている企業であること。
九.小田原蒲鉾を大切にする信念をもつ経営者が携わる企業であること。
十.小田原蒲鉾協同組合の組合員であること。
※5【リテーナ成型蒲鉾】:すった魚の身(タラが多い)を原料1に対し2の割合で水を加え、水延ばしすることによって軟らかくなった身にでんぷんや調味料を加え、身が垂れないようにフィルムで包装し、リテーナと呼ばれる蒲鉾型の金型に入れ蒸し上げる製法。魚の身が少なくすむために蒲鉾の単価は下がるが、魚の風味が薄れるという特徴がある。

「技人」
温暖な気候と豊かな資源、そして地理的な条件に恵まれたまち・小田原には、いにしえよりさまざまな「なりわい」が発達し、歴史と文化を彩り、人々の暮らしを豊かなものにしてきた「智恵」が今に伝えられています。本シリーズは、その姿と生きざまを多くの人に知っていただき、地域の豊かな文化を再構築するきっかけとなれば、との願いが込められています。

 

企画:地域資源発掘発信事業実行委員会
・小田原二世会
・小田原箱根商工会議所青年部
・小田原商店街連合会青年部
・(社)小田原青年会議所
・特定非営利活動法人 おだわらシネストピア
・特定非営利活動法人 小田原まちづくり応援団
・小田原市
編集:相模アーカイブス委員会
写真・文:林 久雄

発行:小田原市

問い合わせ:小田原市広報広聴課 事務局(0465-33-1261)

平成26年7月

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