小田原市

災害支援ボランティアに派遣された職員の声

災害ボランティアとして東日本大震災の被災地へ赴いた市職員の声を紹介します。

総務部 総務課 主任 内藤陽介

派遣先:石巻市

4月中旬、宮城県石巻市の避難所となっている小学校の避難所運営支援として入りました。避難所で驚いたのは、その避難所周辺には津波が到達せず被害は無かったため、その周囲の家庭では日常の生活が営まれていることでした。何もかもを失った者とそうでない者が、学校のフェンス一枚を隔てて生活しているのです。

 

避難所から海に向かって行くにつれて浸水の跡が散見されるようになり、海のそばではがれきや建物の基礎しか残っていない場所が広がっています。震度6弱の地震に耐えても、その後の津波により被害を受けており、住居地のわずかな違いにより、その後の人生も大きく違ってしまう事実には、目を覆う思いでした。

 

あれから4か月が経ちましたが、被災地ではまだまだ支援を必要としています。今後も引き続き、被災者の自立や復興に向けた力になっていきたいと思います。

企画部 企画政策課 主査 加藤和永

派遣先:相馬市

5月16日(月)~23日(月)までの1週間、市民ボランティア(第2班)の皆さんとともに相馬で支援活動を行いました。

 

相馬でのことを振返ってみると、あまりにも多くのことがありました。全てが流された被災地の現状、避難所や現場での被災者の生活、全国から集まったボランティアの皆さんとの語らいなどなど。ただ、現地にいるときは、目の前にある作業に没頭していたことは確かです。きっと、全てが流された現場に立ったときに感じた無力感は一生忘れることはないと思います。

 

最も印象に残っているのは、2日間作業に入ったお父さんとのことです。6月に、市民ボランティアの方がたと再び相馬にむかい、ゆっくりと話をすることができました。避難所の所長、避難所のボランティアの方、現地で知り合ったボランティアの方。小田原からのボランティアの方、そしてお父さんとともに語りあったひとときは、私にとってかけがえのないものになっています。

 

最後に、

「本当にありがとう、被災して自暴自棄になっていた自分をここにいる皆さんが背中を押してくれた。」

「皆さんが一生懸命家の中の泥かきをしてくれている姿をみて、生きていく力が湧いてきた。皆さんがいることが私の力になる。」

「地震や原発もすてたもんじゃない。こうして皆さんと会えたんだから。」

お父さんが私たちに話してくれました。

 

われわれは帰れば普通の生活ですが、被災したお父さんは、原発も含めこれからもいろいろなことを乗り越えていく、なのに、地震や原発がなければ皆と会えなかったって。

 

被災地の現状を見たときに感じた「無力感」、そして現場での作業を通して「微力だけど前に進んでいる」という実感が自分自身のなかで統合されました。もしかしたら被災地の支援活動は自分自身のエゴかもしれないという想いがなかったとは言えない状況でしたが、現地での作業が、確実に被災地や被災者の皆さんと共に一歩を踏み出したんだということを確信することができました。

 

この機会に恵まれたことに感謝します。そして、伝えることはなかなか難しいですが、多くの方と現地でのことを対話し続け、より確かな災害対策に向けて、小田原で活かしていけることを形にしていきたいと思います。

水道局 営業課 総務係長 植田努

派遣先:相馬市

私たち派遣ボランティアの宿泊場所周辺では、屋根にブルーシートが張られた家屋、一部のマンホール周りの道路の陥没があるもののコンビニやスーパーには品物が揃っており、通常営業をしていることに驚きました。ただ、ボランティア活動のため、被災住宅のある海側に近づくにつれて周辺の状況が一変してきます。その状況は、とても悲惨で言葉で伝えきれる状況ではありません。被災された方、亡くなられた方は、さぞや恐ろしい思いをされたのではないかと、その心情を察する状況であります。

 

私は、この状況を実際に見ていない方々に、どのように伝えたらいいのか、どのように伝えたら分かってもらえるのか苦慮していますが、この震災を決して風化させないためにも多くの方々に伝えなければならないと感じています。

 

今、伝えたいこと、それは、日ごろから災害に対する備えをお願いします。日ごろから災害を想定した避難経路の確認をお願いします。災害に対する備えや災害を想定した避難経路等について、家族や友人、職場で話し合ってください。このお願いです。

環境部 環境政策課 主査 藤野秀憲

派遣先:相馬市

5月末から6月初めにかけて現地に赴き、主に、瓦礫撤去、ヘドロ等泥のかき出し、堆積物等ごみの回収・運搬、支援物資の運搬・支給補助といった災害支援業務を行ってきました。私自身、災害支援者という気持ちよりも、むしろ実際に被災に遭われた方たちの気持ちになって取り組んでいこうと決意し業務を遂行して参りました。

 

実際、被災状況を生で見たときは非常に衝撃的でした。ひどい地域ですと、地域全体が跡形もなく破壊され、一面、瓦礫の山で埋め尽くされており、さらに、海に続く潟には、流された車やバス、転覆した船、そして家までが浮かんだり埋まったりしていました。

 

また、何度か被災者の方たちと直接話をする機会もありましたが、災害当日、大地震がきて慌てている間に、数十メートルの高さの津波が水しぶきを上げて向かってきた、という生々しい話を聞くと、言葉が出ませんでした。しかし、この大津波でわずかの死者しか出さなかった地域もあったそうですが、日頃から、いざというときの災害対策を意識し、互いに情報を共有し合うなど地域コミュニティがしっかり確立されていた為であるとのことです。

 

被災の苦しみや悲しみは、実際に被災された方たちにしか分からないかもしれません。しかし、全国から支援に来ているというこうした事実が、被災者の皆様への勇気づけとなり、決してひとりではないということを信じて、明るい未来に向かって生きていっていただきたい、そう感じました。

都市部 都市計画課 主査 木下勝広

派遣先:相馬市

被災地での活動中に震災から100日目となり、近くの公園で震災犠牲者の慰霊祭があり参列させていただきました。

 

被災された方々の心には大きな穴が開いたままだと思いますが、会場からはがんばって生きて行こうという人の強さ、使命感のようなものを感じました。

 

復興へ向けて一番大事なものは、やはり人間の気持ちの強さなんだと改めて思いました。

管財契約課 主事 磯崎誠

派遣先:相馬市

心地よい海風が吹く気持ちよく澄んだ空と、その下に広がる見渡す限りの泥と瓦礫の対照的な風景に私はただ圧倒されるばかりでした。実際に見る津波の被害は本当に甚大なものでしたが、それ故に、困難を乗り越えようとする力強さ、手を取り合い助け合う温かさを、強く感じました。

 

先日、相馬で一緒に活動した方が、再びボランティアを行ってきたということで、現在の相馬の写真を送ってくださいました。そこには、2ヶ月前に泥かきをお手伝いさせていただいた農家の方からの、大きく「ありがとう」と書かれた模造紙の手紙と、ヘドロが撤去され地面から草が青々と茂っている光景が写っていました。現地で泥かきをしていた時は、先の見えない状況に少なからず不安を感じていましたが、写真に写る草の緑からは、少しずつ、しかし確実に回復に向け進んでいるという希望を感じることができました。そして、復興へ向けた歩みの中で、わずかながらも足跡を残せたことを嬉しく思いました。

 

この先、更なる復興のために自分は何ができるのか、もしも同じ状況になった時自分は何をするべきか、しっかりと考え行動していきたいと考えています。

文化部 生涯学習課 主事 茂木直人

派遣先:石巻市

6月末に避難所運営支援で石巻に行ってきました。

 

石巻市内は海の近くでは道路などは片付けられているとはいえ、まだ一面が瓦礫で埋まっているような状況でしたが、港では一部の工場などで工事がされている場所もありました。また、海岸を離れるとほとんど被害がなかったように見えるところもあり、場所によって被害の程度にかなりの差があるように見えました。

 

私が派遣された避難所では電気・水道とも使用でき、物資もそれなりに数量がありました。自衛隊による炊き出しや入浴サービスがあったこともあって、避難所の資料で読んだ被災当初の様子に比べれば、だいぶ落ち着いていたのかもしれません。ただ、ほかの避難所の状況を聞くと、食事や蝿の問題など避難所によって差があり、すべての避難所が同じ状況ではないようでした。また、派遣先の避難所での自衛隊による炊き出しは6月27日で終了し、その後食事が市の配給に切り替わるなどの変化も起こっています。

 

避難されている方は、被災に加え避難生活が長期にわたっているため、精神的にかなり疲労しているように感じました。しかし、普段はつらさを表に出そうとせずに、平静に生活をされているように見えました。

 

被災地では対応に迷う場面も多々あり、現地でどれだけお役に立てたのかわかりませんが、今後も自分にできる協力をしていきたいと思います。

秘書室 主任 室伏政志

派遣先:相馬市

相馬市では、私たちが現地入りした6月20日(月)の前の週までで避難所は解散し、自衛隊は撤退。仮設住宅も計1,500戸用意されたほか、津波の被害を大きく受けた沿岸部では、震災後すぐの頃と比べれば瓦礫撤去など、だいぶ進んだようです。現地でそんな話を聞き、少しずつですがよい方向に向かっていることを感じました。

 

とはいえ、撤去されたといっても瓦礫は仮置き場に山積みになっているだけですし、現地を見れば素人目にも、様々な面で本当の復興にはまだ相当の時間がかかることくらいわかります。被災地は今後かなりの時間をかけてこのことに向き合っていかねばならず、それに対し私たちもできるだけの関わりを持っていくことが大切であり、またそのことがひいては自分たちのまちの防災を考える上でも重要だと思いました。

最終更新日:2011年08月17日

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