新・北条五代記

わらぶき屋根と水車

わらぶき屋根と水車

関東大震災による一番の激震地であった足柄地域の被害は、極めて甚大であった。
やっと復興に着手したとき、復興資材をはじめ、一般物価は非常に暴騰した。
米、麦、養蚕によるしか現金収入のない足柄の農民は困窮し、米がとれれば米ばかり食い、麦がとれれば麦ばかり食うという生活が続き、「バッカリ食」という言葉ができた。
バッカリとは方言で、バカリの意である。
世界的に経済大恐慌が吹き荒れた昭和の初期、特に窮乏の激しかったのは農民であった。
日本農業の二大生産物であった米と繭はともに激しく価格が低落し、米は半分以下に、繭は3分の1以下という低落ぶりであった。
このため、農家は、現金の不足に陥り、水田農家の「青田売り」、養蚕を行っている農家は、冬のうちに春の繭代を先借りする「寒カイコ」が普通であった。

識別子 ODA20120195
年代 1963(昭和38)年
地域 不明
撮影場所
カテゴリ 産業・観光
自然・環境
関連キーワード わらぶき屋根水車農家

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