小田原市

史跡小田原城跡

国指定史跡小田原城は、室町時代に築かれたのが始めといわれております。戦国時代には、小田原北条氏の本拠地として、最盛期には、周囲9キロメートル余りにわたる総構を巡らした中世の日本最大規模の城郭として、関東地方に覇を唱えました。そして、江戸時代には、江戸城の西を守る役目を担いました。

 

こうした歴史を持つ小田原城は、中世と近世の築城様式の過渡期に築城された、日本の城郭史の上からも貴重なもので、今日も比較的良好な状態で残存している所が多くあります。小田原を代表する顔である、この城郭を保存・整備していくために、本市では、平成5年3月「史跡小田原城跡 本丸・二の丸整備基本構想」を策定し、現在、この構想に基づいて、江戸時代末期の小田原城跡の復元を目標に、整備を進めております。平成6年度には住吉堀が、平成9年度には銅門が復元され、現在は、馬屋曲輪の整備事業を進めています。

史跡小田原城跡
小田原城銅門

小田原城がいつ建てられたかは明らかではありませんが、室町時代、大森氏が八幡山に城を築いたのが始まりといわれています。

 

明応4(1495)年、北条早雲(伊勢新九郎)は、当時の城主大森藤頼から小田原城を奪いました。その頃の小田原城は小規模で、県立小田原高等学校の東側からJR東海道線までの高台に築かれていたと考えられており、周囲には、空堀や土塁が地形に沿ってくだり、先端は、現在の天守閣裏辺りに接していた事が城絵図等から推定出来ます。

また、県立小田原高等学校下に、古宮曲輪と呼ばれる場所があり、ここに北条氏三代氏康が本丸八幡を祭ったとも祀ったともいわれているので、北条早雲が入城した本丸がこの辺りと思われます。八幡山の地名もここからきています。

 

その後、城は八幡山の古郭を中心に同心円状に広がリ、曲輪が配置されました。これについては、最近の発掘調査で、県立小田原高等学校グランド西側にある八幡山堀切の北側や東側から畝堀が発掘され、裏付けられました。この当時の城構えが平野部まで及んでいたかは、明らかではありませんが、今後の研究により明らかになるでしょう。

 

小田原北条氏の勢力が拡大すると、城も大型化してきて現在の本丸(天守閣)や二の丸(旧三の丸小学校跡)にまで広がりました。史料によると天文20(1551)年、小田原を訪れた禅僧の記録に「太守の塁の三方に大池(蓮池〜お堀端〜藤棚〜二宮神社)があり、水をたたえている」と書かれています。また、永禄4(1561)年に上杉謙信が、同12(1569)年に武田信玄が攻めてきた際には、「蓮池の東門蓮池口の四つ門(後の幸田門付近)で激戦した」との記録もあり、当時、城構えがあったことが裏付けられます。

 

小田原北条氏は、その後も城域を広げ、武田信玄の来攻後や、天正15(1587)年には大普請を行い、三の丸総構と呼ばれる城郭を完成しました。伝肇寺文書には「新堀」という文字が出てきますが、これを指すものでしょう。天正17(1589)年に豊臣秀吉と断交すると、小田原北条氏は大動員をかけて、大外郭と呼ばれる城構えに着手し、翌18(1590)年の小田原合戦前に完成させました。その城域は広く市街地を取リ囲んだ大規模なもので、周囲約9キロメートルもある日本中世史上最大の城郭となりました。この守りは堅く、豊臣氏の攻撃にあっても一部しか破壊されませんでした。けれども、小田原城の拡大は、小田原北条氏の滅亡によって終止符が打たれました。

 

小田原合戦後、小田原城主となったのは、北条氏の旧領を受けた徳川家康の家臣大久保忠世です。大久保氏は二代忠隣の時に失脚し、城の一部が取り壊されました。失脚の理由の一つとして小田原城が、当時の江戸城より大きかったためともいわれています。
この時、三の丸の門・櫓・石垣・外郭の門等が破壊されました。その後、明治3(1870)年に廃城となるまで、城として利用されてきましたが、この間、幾度も改修されました。

 

現在は、小田原城址公園として多くの観光客が訪れる小田原市のシンボルとして親しまれています。

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最終更新日:2011年07月05日

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