小田原市民会館に描かれていた「壁画』の一部を保存し、展覧会を開催します
三の丸ホールにて、2022年12月3日(土)から13日(火)まで
国道1号から見た市民会館本館(この向こう側が大ホール)
1962年完成直後の大ホール (本館(1965年完成)はまだない)
1階 赤い壁画(部分)
小田原市は、2021年7月に閉館した市民会館大ホールホワイエに描かれていた壁画を、専門家や市民団体からの提言に基づき、市民会館のレガシーとして、その一部を保存し後世に伝えることとしました。
壁画や作者についての調査を行うとともに、建物から壁画の一部をはがし、工房に運び、修復等の作業が東海大学田口准教授を中心とする「市民会館壁画保存修復チーム」によって進められていました。
このたび修復された壁画とその作者西村保史郎氏や壁画の調査・保存・修復作業の成果等を展示する展覧会を開催します。
壁画や作者についての調査を行うとともに、建物から壁画の一部をはがし、工房に運び、修復等の作業が東海大学田口准教授を中心とする「市民会館壁画保存修復チーム」によって進められていました。
このたび修復された壁画とその作者西村保史郎氏や壁画の調査・保存・修復作業の成果等を展示する展覧会を開催します。
のこす つなぐ よみがえる
小田原市民会館大ホール壁画の記憶展 vol.1
会期 2022年12月3日(土)~12月13日(火) 9時~21時(開館時間)
※休館日12月5日(月)
会場 小田原三の丸ホール ギャラリー回廊
1階 赤い壁画
高さ 335cm 幅 2244cm
高さ 335cm 幅 2244cm
2階 青い壁画
高さ 229cm 幅 1101.5cm
高さ 229cm 幅 1101.5cm
展示概要
青い壁画(2階) 署名部分
壁画(修復・額装されたもの) 4点
1階 赤い壁画(約145cm × 約190cm) 署名部分(約20cm × 約50cm)
2階 青い壁画(約35cm × 約90cm) 署名部分(約20cm × 約40cm)
壁画全体写真(約1/5のサイズ) 、壁画概要説明、作者西村保史郎プロフィール
壁画関連調査・保存・修復作業の様子を伝える資料ほか
1階 赤い壁画(約145cm × 約190cm) 署名部分(約20cm × 約50cm)
2階 青い壁画(約35cm × 約90cm) 署名部分(約20cm × 約40cm)
壁画全体写真(約1/5のサイズ) 、壁画概要説明、作者西村保史郎プロフィール
壁画関連調査・保存・修復作業の様子を伝える資料ほか
関連イベント
保存修復プロジェクト トークイベント
令和4年(2022年)12月3日(土)14:00~15:30(予定)
小田原三の丸ホール2階 スタジオ
聴講無料・先着30名
小田原三の丸ホール2階 スタジオ
聴講無料・先着30名
ギャラリートーク
2022年12月4日(日) 1回:11時から / 2回:14時30分から
三の丸ホール ギャラリー回廊1階に集合
三の丸ホール ギャラリー回廊1階に集合
情報提供のお願い
壁画の作者が西村保史郎氏であることが、主体美術協会の皆様のご協力により確認でき、併せて西村氏に関する貴重な情報をいただくこともできました。
しかし壁画と西村保史郎氏に関しては、建築図面以外には資料がほとんどないため、まだ解明されていない「謎」がたくさんあります。
誰が壁画を発案し、どの様な経緯で建築計画に組み込まれていったのか、作者としてなぜ西村氏が選ばれたのか、西村氏はどのようにして壁画を準備し、完成させたのか・・・・。
壁画や西村氏についてご存知のことがありましたら、文化政策課まで情報をおよせくださいますようお願いいたします。
しかし壁画と西村保史郎氏に関しては、建築図面以外には資料がほとんどないため、まだ解明されていない「謎」がたくさんあります。
誰が壁画を発案し、どの様な経緯で建築計画に組み込まれていったのか、作者としてなぜ西村氏が選ばれたのか、西村氏はどのようにして壁画を準備し、完成させたのか・・・・。
壁画や西村氏についてご存知のことがありましたら、文化政策課まで情報をおよせくださいますようお願いいたします。
展覧会第2弾(2023年)開催
『 のこす つなぐ よみがえる
小田原市民会館大ホール壁画の記憶展 vol.2 』
保存修復された壁画の一部に加え、作者西村保史郎氏の遺作「海図」や挿絵原画などを展示する展覧会第2弾を開催
会期 2023年3月 / 会場 小田原三の丸ホール 展示室
※詳細は市のホームページなどでお知らせします
小田原市民会館大ホール壁画の記憶展 vol.2 』
保存修復された壁画の一部に加え、作者西村保史郎氏の遺作「海図」や挿絵原画などを展示する展覧会第2弾を開催
会期 2023年3月 / 会場 小田原三の丸ホール 展示室
※詳細は市のホームページなどでお知らせします
問い合わせ
文化政策課
TEL:0465-33-1703(平日 9時~17時)
FAX:0465-33-1526
MAIL:cultural-exchange@city.odawara.kanagawa.jp
TEL:0465-33-1703(平日 9時~17時)
FAX:0465-33-1526
MAIL:cultural-exchange@city.odawara.kanagawa.jp
展覧会趣旨
2021年7月31日、59年間の長きにわたって市民から親しまれてきた小田原市民会館が閉館しました。
大ホール客席入口を鮮やかに彩る印象的な「赤い壁」と「青い壁」をご記憶の方は多いでしょう。
しかし、あの壁面装飾が「壁画作品」であることは長い間忘れ去られてきました。
2017年、壁画の下方に署名が発見され、その後それが主体美術協会の創立にも関わった画家西村保史郎氏(1915年~2015年)のものであると確認できました。
市民会館閉館前には、壁画ガイドツアーを開催したことから、見渡す限りに広がる赤と青への関心は徐々に高まっていきました。
作品はいかに描かれたのか? 当時の市民会館はどのように構想され、成立したのか? - 調査を進めるなかで、当時の人々の市民会館にかける熱い想いや文化への高い意識に驚かされるとともに、壁画にまつわる謎もますます深まりました。
そのようななかで、壁画を保存する機運も高まり、プロジェクトが立ち上がりました。
本展覧会は、時の流れの中でいつしか忘れ去られていた壁画に光をあてながら、作品をとりまき紡がれてきた時間と、さまざまな物語に思いを馳せるものです。
たとえ一部であっても、壁画と壁画に関わる記録をのこし、記憶をつなぎ、色彩の破片をつなぎ、作品の一片と壁画をめぐる生き生きとした時間をよみがえらせること。
このささやかな試みが、小田原市民会館大ホールとの懐かしい再会の道標となれば幸いです。
大ホール客席入口を鮮やかに彩る印象的な「赤い壁」と「青い壁」をご記憶の方は多いでしょう。
しかし、あの壁面装飾が「壁画作品」であることは長い間忘れ去られてきました。
2017年、壁画の下方に署名が発見され、その後それが主体美術協会の創立にも関わった画家西村保史郎氏(1915年~2015年)のものであると確認できました。
市民会館閉館前には、壁画ガイドツアーを開催したことから、見渡す限りに広がる赤と青への関心は徐々に高まっていきました。
作品はいかに描かれたのか? 当時の市民会館はどのように構想され、成立したのか? - 調査を進めるなかで、当時の人々の市民会館にかける熱い想いや文化への高い意識に驚かされるとともに、壁画にまつわる謎もますます深まりました。
そのようななかで、壁画を保存する機運も高まり、プロジェクトが立ち上がりました。
本展覧会は、時の流れの中でいつしか忘れ去られていた壁画に光をあてながら、作品をとりまき紡がれてきた時間と、さまざまな物語に思いを馳せるものです。
たとえ一部であっても、壁画と壁画に関わる記録をのこし、記憶をつなぎ、色彩の破片をつなぎ、作品の一片と壁画をめぐる生き生きとした時間をよみがえらせること。
このささやかな試みが、小田原市民会館大ホールとの懐かしい再会の道標となれば幸いです。
作者 西村保史郎プロフィール
大正4年(1915) 東京に生まれる
昭和11年(1936) 太平洋美術学校卒業
昭和23年(1948) 「西村保史郎個展」 会場:資生堂画廊
昭和24年(1949) 自由美術家協会 会員
昭和27年(1952) 「自由美術展6人展」会場:資生堂画廊
昭和32年(1957) 「西村保史郎個展」会場:サエグサギャラリー
昭和35年(1960) 「西村保史郎個展」会場:サエグサギャラリー
昭和36年(1961) 小田原市民会館壁画制作
昭和38年(1963) 「自由美術キンパチ展」会場:椿近代画廊
昭和39年(1964) 自由美術協会を退会し、主体美術協会創立に関わる
昭和45年(1970) 「西村保史郎個展」会場:フォルム画廊
昭和55年(1980) 頃 町田市の玉川多摩学園に住居とアトリエを建てる
昭和61年(1986) 文化庁現代美術選抜展
昭和63年(1988) 「西村保史郎個展」 会場:資生堂画廊
平成27年(2015) 10月8日逝去(享年99歳)
上記のほか児童向けの世界文学全集などのカバーや挿絵を多数手がけている。小田原出身の脚本家廣澤榮(黒澤明監督「七人の侍」の助監督)著「白鳥の湖」(偕成社)の挿絵も西村氏によるものである。
昭和11年(1936) 太平洋美術学校卒業
昭和23年(1948) 「西村保史郎個展」 会場:資生堂画廊
昭和24年(1949) 自由美術家協会 会員
昭和27年(1952) 「自由美術展6人展」会場:資生堂画廊
昭和32年(1957) 「西村保史郎個展」会場:サエグサギャラリー
昭和35年(1960) 「西村保史郎個展」会場:サエグサギャラリー
昭和36年(1961) 小田原市民会館壁画制作
昭和38年(1963) 「自由美術キンパチ展」会場:椿近代画廊
昭和39年(1964) 自由美術協会を退会し、主体美術協会創立に関わる
昭和45年(1970) 「西村保史郎個展」会場:フォルム画廊
昭和55年(1980) 頃 町田市の玉川多摩学園に住居とアトリエを建てる
昭和61年(1986) 文化庁現代美術選抜展
昭和63年(1988) 「西村保史郎個展」 会場:資生堂画廊
平成27年(2015) 10月8日逝去(享年99歳)
上記のほか児童向けの世界文学全集などのカバーや挿絵を多数手がけている。小田原出身の脚本家廣澤榮(黒澤明監督「七人の侍」の助監督)著「白鳥の湖」(偕成社)の挿絵も西村氏によるものである。
【壁画の調査・保存・展示にいたる経緯】
壁画ガイド
壁画調査
壁画保存作業
2017年 | おだわらミュージアムプロジェクトによる「市所蔵美術品調査(市との協働事業)」において、壁画に記された作者署名を再発見 |
2019年 | 主体美術協会の協力により、壁画作者が、主体美術協会の設立に関わるとともに、少年少女向けの世界文学全集などの挿絵などでも活躍した画家 西村保史郎氏であることが判明 |
2021年3月 | 市民会館閉館記念事業「ありがとう市民会館まつり」で、「市民会館記録展」開催 |
2021年7月7日 | 市民会館ラストオープンディで「壁画ガイド(市民向け壁画鑑賞・調査成果説明)」実施 |
2021年7月31日 | 市民会館ラストデイで、壁画調査成果を加えた市民会館思い出展」開催 |
2021年8月 | 東海大学教養学部芸術学科田口かおり氏らによる「壁画基本調査」が実施され、調査報告書と壁画保存に向けての提言が市に提出される |
2021年10月 | 提言に基づき、小田原市は壁画保存の基本方針を決定 |
2022年6月19日 29日 |
東海大学田口氏を中心とする壁画調査保存修復チームにより、保存修復等の作業実施 ・躯体のコンクリート壁から、壁画を下地のキャンバスとともに引き剥がす作業を行った。 ・その後、森絵画保存修復工房において、壁画の修復作業等を実施 ・壁画の額装等展示準備 |
2022年12月3日 | のこす つなぐ よみがえる 小田原市民会館大ホール壁画の記憶展 vol.1 開幕 |
【参考】 「壁画ガイド(2022年7月7日実施)」配布資料
この情報に関するお問い合わせ先
文化部:文化政策課 文化交流係
電話番号:0465-33-1703