小田原の地場産業・伝統工芸

温暖な気候と、森・里・川・海の揃った豊かな自然に恵まれたまち、小田原。
500年の歴史を有する城下町であり、東海道屈指の宿場町として、古くから多くの人々が往来し、さまざまな文化の交流が行われてきました。


その歴史の中で、自然の恵みと文化を生かし、小田原蒲鉾や小田原ひもの、和菓子などの名産品と、小田原漆器や箱根寄木細工、小田原提灯、小田原鋳物などの伝統工芸品が生み出され、その伝統と匠の技は現在にも伝えらえています。

小田原市地場産業振興協議会のホームページへのリンク

小田原の地場産品

小田原提灯

小田原提灯
小田原提灯

小田原提灯は、江戸時代中期、小田原の提灯職人甚左衛門(じんざえもん)が考え出したといわれています。

小田原提灯は普通の提灯と違い、中骨がリング状に独立しているため畳み込むことができ、使用しないときは懐にしまうなどして容易に持ち運ぶことができます。

また、中骨は平たく胴紙をしっかりと接着させることができるため、剥がれにくく雨や霧にも強いことが特徴です。

それゆえに、夜の山道を歩く旅人にとっては、なくてはならないものだったようです。

小田原ちょうちん製作体験
市内では、小田原提灯の製作体験を実施しています。
詳しくは下記のリンクよりご確認ください。
 

小田原漆器

小田原漆器01
小田原漆器02

小田原漆器の起源は、室町時代中期に箱根山系の豊富な木材を使用し、木地挽(きじひ)きされた器に漆を塗ったのが始まりとされています。 

その後、北条氏第3代当主氏康が塗師を城下に招いたことから、小田原漆器は発展し、江戸時代中期には実用漆器として江戸に出荷するなど、漆器づくり技術が確立されました。材料は主に国産ケヤキで、材質が強固で、ゆがみが少なく、木目が美しく、椀・盆などに最適な素材です。

 

特徴は木目を生かしたすり漆塗や木地呂(きじろ)塗。

ろくろを使って様々に削りあげられたものに、漆をすり込むように塗っていきます。

乾かしては磨き、さらに漆をすり込む作業を繰り返すうちに、表面が鏡のように輝いてきます。

なお、小田原漆器は、昭和59年に経済産業大臣(元通商産業大臣)指定の「伝統的工芸品」に指定されています。

研ぎ出し体験
市内では、漆の研ぎ出し体験を実施しています。
詳しくは下記のリンクよりご確認ください。
 

小田原鋳物

小田原鋳物
小田原鋳物

小田原鋳物の歴史は、戦国時代の北条氏に奨励されたのが始まりとされています。仏具、仏像、鉄砲や陣笠、鍋や釜の生活用品まで、今では想像できないほど、鋳物の需要は高く、大久保氏の時代になると、小田原の鋳物工業はとても繁栄し、相模の国の半数以上の鋳物の生産量を誇るまでになりました。

江戸時代、最も鋳物が盛んであった頃には夜中から起きて仕事にかかるため、鋳物師の住む鍋町(現在の浜町の一部)の各所からあがる炉の炎が火事のように夜空に映えて、遠く大磯、平塚あたりから見えたそうです。

 

小田原鋳物は、その後、船の号鐘や寺の梵鐘、楽器のシンバルなどにも利用され、世界中に輸出された時期もありました。

また、「鳴り物」として大変評判が高く、黒澤明監督の映画「赤ひげ」に登場する風鈴も小田原鋳物で作られています。

箱根寄木細工

寄木細工
寄木細工

木肌の、それぞれが持つ材色を組み合わせ、幾何学文様を作りだしていく寄木細工。

文様のデザインは、伝統的なものから製作者が新たに生み出したものまで様々です。近年、外国産の木材の使用が可能となり、色合いのバリエーションが飛躍的に広がりました。

寄木の特徴として、一定の形状に切削した多くの木片で単位模様を構成するため、切削寸法の正確さ、接着技術に高度な熟練を要求されます。出来上がった種板は特殊なかんなで薄く削って、箱や指物製品の表面加飾として用いますが、最近では薄く削らないムクの寄木を用いた器類や、小箱等の製品も多く生産されています。

なお、箱根寄木細工は、昭和59年に経済産業大臣(元通商産業大臣)指定の「伝統的工芸品」に指定されています。

寄木コースターの製作体験
市内では、寄木コースターの製作体験を実施しています。
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木象嵌

木象嵌

木象嵌(もくぞうがん)は、幾種もの木肌の色を生かし、絵を描いていきます。

  

指物製品の加飾手法の一つとして、江戸時代から手彫りによる彫り込み象嵌技法が伝わって来ましたが、明治25年頃箱根湯本の先覚者、白川洗石によって糸のこミシンを用いた、挽き抜き象嵌技法が開発されました。これにより産業工芸的な生産が可能となり、また明治40年頃には特殊かんなを用い、種木を経木状に加工する量産化方法が確立されました。    

寄木細工が直線を基調にしているのに対し、木象嵌は糸のこミシンを駆使し、様々な形を作り出すことができます。

小田原蒲鉾

蒲鉾
蒲鉾

日本橋から小田原に移り住んだ職人が江戸後期、相模湾のオキギスを原料に板蒲鉾を完成させました。

東海道の要所を占める城下町にして、箱根水系の良質な水処であり、豊富な水揚げを誇る港町であったことから、小田原蒲鉾は全国に広まりました。板にすり身を扇形に盛りつける形もこの頃生まれました。

 

今では、グチなどの魚と良質な水を原料に、肌ツヤよく、きめの細かい、弾力ある歯ごたえの小田原蒲鉾が作られています。小田原蒲鉾協同組合では、手作り蒲鉾の技能指導を行なうなど、技術そのものを継承しており、伝統の味と技術を守り続ける心意気とこだわりが、いつの時代も愛される小田原蒲鉾の味を支えています。

ちくわ、かまぼこ、揚げかまぼこの製作体験
市内では、ちくわ、かまぼこ、揚げかまぼこの製作体験を実施しています。
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小田原ひもの

ひもの
ひもの
ひもの

江戸時代、とれたてのアジやカマスを開き干しにして保存食として売ったのが始まりとされています。もともと漁獲量の多かった小田原では、魚の仲買業の副業として干物づくりが発達しました。新鮮な魚だけに、過度に塩味を付けることなく、素材の味を生かしていくのが「小田原ひもの」の特徴です。

 

各店舗ごとに独自の味つけがあり、素材の魚の脂ののり方によっても、微妙に変化させているそうです。アジ、カマス、いぼ鯛、金目鯛。相模湾を始め、日本、世界の魚場で水揚げされる新鮮な魚だけど原料としています。

 

活きのよさ、姿のよさ、干しのよさ、魚本来の味を引き出すうす塩づくり。「小田原ひもの」は「品のよい味わいと丁寧なつくり」に定評があります。

ひもののさばき作業体験
市内では、ひものさばき作業体験を実施しています。
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和菓子

和菓子
和菓子

小田原に和菓子が豊富なのは城下町として茶道が盛んだったことに由来します。

 

幕末の小田原城主・大久保氏は茶の湯を好み、城に納める菓子を司る職人は、古くは「菓子匠」ともいわれ、商人のなかでも優遇されていました。このような背景もあり、優れた菓子職人が小田原に集まってきたのです。

 

そのひとつに梅の菓子があります。

小田原の街が梅の香に包まれる二月。和菓子屋さんの店先には、小田原特産の梅実を贅沢につかった名産菓子が並びます。各店工夫をこらし、雅な名を付けられた菓子たちはおよそ30種類以上。他にも、春、夏、秋、冬、めぐる季節を映す美しい和菓子の花たちが、人々に季節の訪れを伝えています。

漬物

漬物
梅干し
漬物

江戸時代のころ、国府津から二宮にかけた海岸一帯には見事な塩田が広がっており、ここから採れる塩が小田原の漬物の生産を支えてきました。

 

小田原の漬物といえば梅干が有名ですが、戦国時代、梅干の薬効と腐敗防止作用に目を付け軍用として梅干作りを奨励し、江戸時代には薬用・食用として庶民の間に広がりました。小田原もこの頃から大規模な梅の産地となり、おみやげとして旅人に重宝されるようになりました。

 

小田原の曽我地区を中心に栽培されている「十郎梅」は、皮が薄いため栽培や加工にはたいへんな手間がかかりますが、肉質がなめらかで梅干用品種の最秀品といわれています。

ウメジュース造り
市内では、ウメジュース造りが体験できます。
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この情報に関するお問い合わせ先

経済部:産業政策課 地場産業振興係

電話番号:0465-33-1515

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