尊徳祭ポスター原画・「二宮金次郎とわたし」作文表彰を行いました
10月18日(日)に実施した第66回尊徳祭の開会式に続き、ポスター原画に採用された方と「二宮金次郎とわたし」作文の優秀作品に選ばれた方の表彰式を行い、下教育長から賞状と記念品が授与されました。
表彰式の前には、ポスター原画のお披露目、優秀作品の口頭発表をしました。
尊徳祭ポスター原画について
尊徳祭の告知ポスター等の広告物に使用する原画については、平成17年より毎年、神奈川県立小田原北高等学校(旧 小田原城北工業高等学校)デザイン科に制作を依頼し、応募いただいています。本年度は3人から6点の応募があり、その中からデザイン科3年千田夕暖さんの作品が優秀作品に決定しました。表彰式では、受賞した千田さんからこの作品についての思いをお話ししていただきました。
「二宮金次郎とわたし」作文について
小田原市では小学校4年生の授業の一環として、郷土の偉人である二宮金次郎(尊徳)について学ぶ「尊徳学習」があります。
この学習によって学んだ尊徳先生の事績や教えを振り返り、文章に表現することを通して二宮金次郎への理解をさらに深めることを目的に、市内小学校5・6年生を対象に夏休みの課題の一つとして、「二宮金次郎とわたし~わたしが金次郎の生き方から感じたこと、考えたこと~」をテーマに作文募集を行っています。
令和8年度は、11校140名よりご応募いただきました。その中から優秀作品として7名を選出し、表彰式では作文の口頭発表をしていただきました。
この学習によって学んだ尊徳先生の事績や教えを振り返り、文章に表現することを通して二宮金次郎への理解をさらに深めることを目的に、市内小学校5・6年生を対象に夏休みの課題の一つとして、「二宮金次郎とわたし~わたしが金次郎の生き方から感じたこと、考えたこと~」をテーマに作文募集を行っています。
令和8年度は、11校140名よりご応募いただきました。その中から優秀作品として7名を選出し、表彰式では作文の口頭発表をしていただきました。
安藤 このはさん(報徳小学校5年生)
「積小為大と一円観」
わたしは、金次郎さんの教えの中で心に残った事が二つあります。
一つ目は、「積小為大」です。これは、小さな努力をコツコツすればやがて大きな力になるという意味です。大きな目標を成しとげるには、日々の小さな努力がとても大切だということを教わりました。
二つ目は、「一円観」です。これは、この世の中で相対するものはすべてがたがいに働き合い、一体となっている。だから切りはなして考えるのではなく、両方を合わせて一つの円として考えることです。金次郎さんは、村の人との考え方のちがいで対立することがあっても、自分の意見をおしつけるのではなく、たがいがたがいをわかり合うために努力をしたところがすごいなと思いました。これを生活のいろいろな場面で活用したいです。
例えば、いやな事があったとき、落ちこんだり、相手をせめたりするのではなく、「この状きょうで自分を成長させてくれる要素は何か」を探してみたいです。マイナスな感情に飲み込まれそうなときも一歩引いて、自分を見つめることができるようになれば、いやな出来事もプラスに考えることができると思いました。
私も金次郎さんのように、大きな目標にチャレンジするときは、小さなことから始めてみたり、自分のことばかり考えるのではなく、全体を大きな一つの円として考えられるようになれたらいいなと思います。
わたしは、金次郎さんの教えの中で心に残った事が二つあります。
一つ目は、「積小為大」です。これは、小さな努力をコツコツすればやがて大きな力になるという意味です。大きな目標を成しとげるには、日々の小さな努力がとても大切だということを教わりました。
二つ目は、「一円観」です。これは、この世の中で相対するものはすべてがたがいに働き合い、一体となっている。だから切りはなして考えるのではなく、両方を合わせて一つの円として考えることです。金次郎さんは、村の人との考え方のちがいで対立することがあっても、自分の意見をおしつけるのではなく、たがいがたがいをわかり合うために努力をしたところがすごいなと思いました。これを生活のいろいろな場面で活用したいです。
例えば、いやな事があったとき、落ちこんだり、相手をせめたりするのではなく、「この状きょうで自分を成長させてくれる要素は何か」を探してみたいです。マイナスな感情に飲み込まれそうなときも一歩引いて、自分を見つめることができるようになれば、いやな出来事もプラスに考えることができると思いました。
私も金次郎さんのように、大きな目標にチャレンジするときは、小さなことから始めてみたり、自分のことばかり考えるのではなく、全体を大きな一つの円として考えられるようになれたらいいなと思います。
興津 暖さん(報徳小学校5年生)
「金次郎からの学び」
ぼくが、初めて金次郎を知ったのは幼い頃小田原駅にある銅像を見た時でした。
「まきを背負い働きながら勉強をして、すごい人なんだよ」とお母さんに教えてもらったと思います。でも、その時は幼く理解が出来ていませんでした。
四年生になって、授業で金次郎について学び改めて、すごい人だと、思いました。
その授業の中で、ぼくが一番心に残った言葉は「積小い大」と「至誠」です。
小さなことでもコツコツ積み上げて行けば大きくなる。勉強でも仕事でも、あきらめず努力すれば、必ず目標に到達する。
また「至誠」は「楽をしたい」「めんどうだ」などと言わないで、どんな時でも自分ができることを、真剣にやることだと学びました。ぼくは今、勉強も家の手伝いも、めんどうだと思うことがあります。特に勉強では、漢字を覚えることが苦手です。でも、四年生までは、コツコツ復習をしていました。その時は、テストの点数も良かったと思います。
だけど、五年生になってから、漢字が難しくなったのにコツコツやらず、テストもどうにかなると思っていました。その結果、今までで一番悪い点数をとってしまい、自信を無くし苦手意識が更に強くなっています。
また、家の手伝いも、お願いされているのに「ちょっと待って」「後でやる」と言うことが多く、きっと今、手伝って欲しいのに、直ぐに行動することができていません。
この作文を書いていて「苦手だから」「めんどう」だから、と言ってコツコツをおこたっている自分の行動や言動が恥ずかしくなりました。
金次郎の様には、できないけど、今の自分に出来ること、勉強や手伝いを進んで、やることが大切だと学びました。
ぼくが、初めて金次郎を知ったのは幼い頃小田原駅にある銅像を見た時でした。
「まきを背負い働きながら勉強をして、すごい人なんだよ」とお母さんに教えてもらったと思います。でも、その時は幼く理解が出来ていませんでした。
四年生になって、授業で金次郎について学び改めて、すごい人だと、思いました。
その授業の中で、ぼくが一番心に残った言葉は「積小い大」と「至誠」です。
小さなことでもコツコツ積み上げて行けば大きくなる。勉強でも仕事でも、あきらめず努力すれば、必ず目標に到達する。
また「至誠」は「楽をしたい」「めんどうだ」などと言わないで、どんな時でも自分ができることを、真剣にやることだと学びました。ぼくは今、勉強も家の手伝いも、めんどうだと思うことがあります。特に勉強では、漢字を覚えることが苦手です。でも、四年生までは、コツコツ復習をしていました。その時は、テストの点数も良かったと思います。
だけど、五年生になってから、漢字が難しくなったのにコツコツやらず、テストもどうにかなると思っていました。その結果、今までで一番悪い点数をとってしまい、自信を無くし苦手意識が更に強くなっています。
また、家の手伝いも、お願いされているのに「ちょっと待って」「後でやる」と言うことが多く、きっと今、手伝って欲しいのに、直ぐに行動することができていません。
この作文を書いていて「苦手だから」「めんどう」だから、と言ってコツコツをおこたっている自分の行動や言動が恥ずかしくなりました。
金次郎の様には、できないけど、今の自分に出来ること、勉強や手伝いを進んで、やることが大切だと学びました。
長澤 洋輝さん(報徳小学校5年生)
「金次郎の偉大さと未来の私」
私たちは総合の授業で、代かき・田植え・いねかり・だっこくという一連の米作りを体験しました。これは、二宮金次郎が道ばたに捨てられていた苗を拾い、自分の田んぼに植えて育てたというエピソードにならったものです。自然に対して真心を持って接する「至誠」の心の大切さを学びました。また、その苗から一俵(六十キログラム)もの米が収穫できたと知り、一本の苗もむだにせず大きな成果につなげた「積小為大」の精神に強く心を打たれました。こうした考えをもとに四十歳を過ぎてから六百以上の村を復興させた金次郎の生き方は本当に偉大だと思います。
私は、金次郎の教えの中で特に「至誠」の心を大切にして過ごしたいです。もしうそをついたり友達に意地悪をしたりすれば、周囲からの信用を失い、自分自身も後悔することになります。だからこそ「至誠」の心で相手を思いやり、常に誠実に行動したいと考えています。そして、学校や社会のすべてが一つにつながっているという「一円観」の考え方を、日常生活の中で意識していきたいです。
また、「積小為大」という言葉に、私自身も強く共感しています。私は三才の頃から毎日公文の算数を続けていて、そのおかげで計算が速くなり、大きな自信につながりました。小さなことでもコツコツ積み重ねれば大きな成果になるのだと、身をもって実感しています。これからもさまざまなことに挑戦し続け将来は、病気に苦しむ一人ひとりのかん者さんに、誠実に向き合うことができるじゅんかん器内科の医師になるという夢を実現させたいです。夢を叶えるためには、毎日の勉強や人としての成長の積み重ねが必要です。大人になっても小田原生まれの金次郎の教えを忘れず、日々の生活に活かしていきます。
私たちは総合の授業で、代かき・田植え・いねかり・だっこくという一連の米作りを体験しました。これは、二宮金次郎が道ばたに捨てられていた苗を拾い、自分の田んぼに植えて育てたというエピソードにならったものです。自然に対して真心を持って接する「至誠」の心の大切さを学びました。また、その苗から一俵(六十キログラム)もの米が収穫できたと知り、一本の苗もむだにせず大きな成果につなげた「積小為大」の精神に強く心を打たれました。こうした考えをもとに四十歳を過ぎてから六百以上の村を復興させた金次郎の生き方は本当に偉大だと思います。
私は、金次郎の教えの中で特に「至誠」の心を大切にして過ごしたいです。もしうそをついたり友達に意地悪をしたりすれば、周囲からの信用を失い、自分自身も後悔することになります。だからこそ「至誠」の心で相手を思いやり、常に誠実に行動したいと考えています。そして、学校や社会のすべてが一つにつながっているという「一円観」の考え方を、日常生活の中で意識していきたいです。
また、「積小為大」という言葉に、私自身も強く共感しています。私は三才の頃から毎日公文の算数を続けていて、そのおかげで計算が速くなり、大きな自信につながりました。小さなことでもコツコツ積み重ねれば大きな成果になるのだと、身をもって実感しています。これからもさまざまなことに挑戦し続け将来は、病気に苦しむ一人ひとりのかん者さんに、誠実に向き合うことができるじゅんかん器内科の医師になるという夢を実現させたいです。夢を叶えるためには、毎日の勉強や人としての成長の積み重ねが必要です。大人になっても小田原生まれの金次郎の教えを忘れず、日々の生活に活かしていきます。
長村 莉央さん(報徳小学校5年生)
「信頼の先にいる仲間たち」
金次郎さんは生前でたくさんの人たちと仲が良かったです。ふと、私はたくさんの人たちと仲良くできているのかと考えてみました。仲良くなりたいとは思っているけれど、いざというとき逃げてしまいます。そこで金次郎さんはどのようにしてたくさんの人たちと仲良くなってきたのかを調べることにしました。
金次郎さんは、たくさんの人たちと仲良くなるために「信頼」を得ていました。方法は主に三つあります。
一つ目は、「自ら率先して行動する」です。彼は、幼少期から誰もやりたがらない仕事を自ら行い、地域に貢献しました。少年時代のこの「陰ながらの努力」が周囲の評判をうみました。
二つ目は、「成果を分かち合う公平な分配」です。桜町の復興では、荒れ地を新田として開拓しました。そこで得られた収穫は「自ら開拓した者」にしっかりと分配し領主ではなく農民の生活基盤を最優先に立て直しました。
三つ目は、「分け隔てない誠実さ」です。他人を妬むのではなく、各々が勤勉に働けば豊になれるという「報徳思想」を実践しました。最も効果的な方法を自ら実演して見せることで周囲の反対を押し切り、最終的に人々を納得させました。
金次郎さんは、この三つの方法でたくさんの人たちと仲良くなってきました。どれも簡単そうで難しいものばかりですが、私は一つ目の「自ら率先して行動する」を実践してみようと思います。例えば、自ら掃除をしたり、率先して先生の手伝いをしたりしようと思います。このような「陰ながらの努力」で周囲からの評判をあげていこうと思います。
これからは、私も金次郎さんのようにしっかりと「信頼」を得て、たくさんの人たちと仲良くなっていきたいです。
金次郎さんは生前でたくさんの人たちと仲が良かったです。ふと、私はたくさんの人たちと仲良くできているのかと考えてみました。仲良くなりたいとは思っているけれど、いざというとき逃げてしまいます。そこで金次郎さんはどのようにしてたくさんの人たちと仲良くなってきたのかを調べることにしました。
金次郎さんは、たくさんの人たちと仲良くなるために「信頼」を得ていました。方法は主に三つあります。
一つ目は、「自ら率先して行動する」です。彼は、幼少期から誰もやりたがらない仕事を自ら行い、地域に貢献しました。少年時代のこの「陰ながらの努力」が周囲の評判をうみました。
二つ目は、「成果を分かち合う公平な分配」です。桜町の復興では、荒れ地を新田として開拓しました。そこで得られた収穫は「自ら開拓した者」にしっかりと分配し領主ではなく農民の生活基盤を最優先に立て直しました。
三つ目は、「分け隔てない誠実さ」です。他人を妬むのではなく、各々が勤勉に働けば豊になれるという「報徳思想」を実践しました。最も効果的な方法を自ら実演して見せることで周囲の反対を押し切り、最終的に人々を納得させました。
金次郎さんは、この三つの方法でたくさんの人たちと仲良くなってきました。どれも簡単そうで難しいものばかりですが、私は一つ目の「自ら率先して行動する」を実践してみようと思います。例えば、自ら掃除をしたり、率先して先生の手伝いをしたりしようと思います。このような「陰ながらの努力」で周囲からの評判をあげていこうと思います。
これからは、私も金次郎さんのようにしっかりと「信頼」を得て、たくさんの人たちと仲良くなっていきたいです。
橋本 澪奈さん(千代小学校5年生)
「積小為大な生き方」
私が金次郎から学んだことで一番心に残っているのは「積小為大」という言葉です。金次郎は、すき間時間を活用して勉強したり、近所の人からもらった菜種を育て、油を作って明かりを灯したりしました。小さなつみ重ねが、やがて大きな結果になるという教えに、私はとても感心しました。
この夏私は二泊三日の「一円融合チャレンジCAMP」に参加し、この「積小為大」を体験しました。キャンプ前の研修で班の旗を作った時、アイディアを出し合ったりするうちに「みんなで協力しよう!」という目標に決めることができました。
野外炊事では、最初火がなかなかつかず苦労しました。そこで班のみんなで枯れた松の葉や松ぼっくり、新聞紙を集めました。それに火をつけ、少しずつ燃え広がってから薄いまきを入れて、火を大きくすることができました。ゼロから火を起こす大変さを知り、金次郎が油を作った苦労もこれに似ていたのではないかと思います。
私は考えました。「金次郎の勉強は実践なのではないか。」と。まだやったことのない「ほうとう作り」、「ニュー・スポーツ」をしたりと初めてやることがたくさんありました。私はこのCAMPに参加して学んだことを学校のたてわり班でも生かしたいと思っています。
私は今回副班長として班長をサポートする役割でした。でも次回はみんなをまとめる班長になるために周りを見て行動していきたいと感じました。
このCAMPの成功も、みんなで作り上げた「積小為大」だと実感しました。この心を、これからも学校生活など高学年だからこそできる委員会活動や実行委員で生かしたいです。そして、クラスや学年、全校のみんなや地いきの人たちにも知ってもらいたいと思います。
私が金次郎から学んだことで一番心に残っているのは「積小為大」という言葉です。金次郎は、すき間時間を活用して勉強したり、近所の人からもらった菜種を育て、油を作って明かりを灯したりしました。小さなつみ重ねが、やがて大きな結果になるという教えに、私はとても感心しました。
この夏私は二泊三日の「一円融合チャレンジCAMP」に参加し、この「積小為大」を体験しました。キャンプ前の研修で班の旗を作った時、アイディアを出し合ったりするうちに「みんなで協力しよう!」という目標に決めることができました。
野外炊事では、最初火がなかなかつかず苦労しました。そこで班のみんなで枯れた松の葉や松ぼっくり、新聞紙を集めました。それに火をつけ、少しずつ燃え広がってから薄いまきを入れて、火を大きくすることができました。ゼロから火を起こす大変さを知り、金次郎が油を作った苦労もこれに似ていたのではないかと思います。
私は考えました。「金次郎の勉強は実践なのではないか。」と。まだやったことのない「ほうとう作り」、「ニュー・スポーツ」をしたりと初めてやることがたくさんありました。私はこのCAMPに参加して学んだことを学校のたてわり班でも生かしたいと思っています。
私は今回副班長として班長をサポートする役割でした。でも次回はみんなをまとめる班長になるために周りを見て行動していきたいと感じました。
このCAMPの成功も、みんなで作り上げた「積小為大」だと実感しました。この心を、これからも学校生活など高学年だからこそできる委員会活動や実行委員で生かしたいです。そして、クラスや学年、全校のみんなや地いきの人たちにも知ってもらいたいと思います。
増田 輝長さん(千代小学校6年生)
「金次郎の努力」
ぼくは二宮金次郎の人生について学び、苦難を乗りこえた人だと思いました。例えば家が水害で流される、幼いころに親が亡くなる、農業をしていた土地があれるなど大変なことが起きても、まきを運びながら勉強し、働く人にわらじを配り、自分や周りの人に役に立つように行動しました。
ぼくは金次郎の教えで、「積小為大」と「報徳」が特に心に残りました。まず、「積小為大」とは、小さな積み重ねが大きな結果になるということです。ぼくは中々漢字テストで百点をとれなかったので、毎日漢字を練習しました。と中で楽をしたい、なまけたい気持ちにもなりましたが、なんとか練習を続けて目標を達成できました。自分に自信がつき、日々の努力の積み重ねが大切だと実感できたことが大きな学びになったと思います。
次に、「報徳」です。報徳とは相手に恩を返すことです。去年、ぼくはクラスの仲間と学校の祭りに出店しました。準備の際、作業がおくれたり、改ぜんが必要になることもありましたが、話し合ってみんなで助け合うという経験ができました。また、お客さんがどうしたら喜ぶかを考えることは初めてで、それまでの自分から一歩ふみだせた気がしました。売上は防災備品の購入などに使われ、少し学校に恩返しができたと思います。自分のしたことが誰かの役に立つことは嬉しいことだと思いました。金次郎も農村や民を救い喜んでもらうことで自分の経験にし、人生を豊かにしたのかもしれないと思いました。
金次郎の教えには自分の生活に生かせることがたくさんあります。ぼくはこれからも色々な場面で努力を積み重ねて多くのことを学びたいです。また、周囲の人も自分も幸せにできる人になりたいです。
ぼくは二宮金次郎の人生について学び、苦難を乗りこえた人だと思いました。例えば家が水害で流される、幼いころに親が亡くなる、農業をしていた土地があれるなど大変なことが起きても、まきを運びながら勉強し、働く人にわらじを配り、自分や周りの人に役に立つように行動しました。
ぼくは金次郎の教えで、「積小為大」と「報徳」が特に心に残りました。まず、「積小為大」とは、小さな積み重ねが大きな結果になるということです。ぼくは中々漢字テストで百点をとれなかったので、毎日漢字を練習しました。と中で楽をしたい、なまけたい気持ちにもなりましたが、なんとか練習を続けて目標を達成できました。自分に自信がつき、日々の努力の積み重ねが大切だと実感できたことが大きな学びになったと思います。
次に、「報徳」です。報徳とは相手に恩を返すことです。去年、ぼくはクラスの仲間と学校の祭りに出店しました。準備の際、作業がおくれたり、改ぜんが必要になることもありましたが、話し合ってみんなで助け合うという経験ができました。また、お客さんがどうしたら喜ぶかを考えることは初めてで、それまでの自分から一歩ふみだせた気がしました。売上は防災備品の購入などに使われ、少し学校に恩返しができたと思います。自分のしたことが誰かの役に立つことは嬉しいことだと思いました。金次郎も農村や民を救い喜んでもらうことで自分の経験にし、人生を豊かにしたのかもしれないと思いました。
金次郎の教えには自分の生活に生かせることがたくさんあります。ぼくはこれからも色々な場面で努力を積み重ねて多くのことを学びたいです。また、周囲の人も自分も幸せにできる人になりたいです。
松田 音乃さん(矢作小学校5年生)
「金次郎が私にくれたもの」
私が金次郎と初めて出会ったのは、飯泉観音。初もうでのお参りでたくさんお願いした後に、ひざをついてお願いしている像が目に入った。家族が二宮金次郎だと教えてくれた。
それから何年も経ち、四年生で尊徳学習をした時にその像と結びついた。
私には父も母もいる。小言を言われて、いやだな、うっとうしいな、とよく思う。でも金次郎のように両親が死んでしまったら悲しくて何もできないだろう。実際私はそう祖母が天国へ行ってしまった時、心の明かりが消えてしまいなかなかつけることができなかった。金次郎はどうだったのだろう。悲しさをこらえて家族のために働いたのかもしれない。
金次郎はおじの家で過ごした時、自分の好きな学問のために自らあぶら菜を育て油を作った。好きなことのために自分で状況を変えようと考えて行動できるのが素晴らしい。私の好きなことはもの作り。それができなくなったらとてもくやしいけれど、今の私ならそのまま受け入れてしまう気がする。
金次郎はまずしさを立て直すことに一生けん命だったが人にも手を差しのべた。もちろん人のためにしたことで感謝されることもあったが、時には反対されることもあった。そんな時に自分のやり方がよくなかったと思えることにおどろいた。自分のことと同じくらい他の人のことを考えていたのかもしれない。飯泉観音の金次郎は、私のように自分の幸せばかり願っているのではなくみんなのことも想っていたに違いない。
私も金次郎のように、自分の思ったことを自分のためにも人のためにもすぐに行動に移せるようになりたい。今の私のできるところから少しずつ。まずは来年の初もうでで、他の人の幸せも願ってみようと思う。時をこえて私も金次郎に心をたがやされた。
私が金次郎と初めて出会ったのは、飯泉観音。初もうでのお参りでたくさんお願いした後に、ひざをついてお願いしている像が目に入った。家族が二宮金次郎だと教えてくれた。
それから何年も経ち、四年生で尊徳学習をした時にその像と結びついた。
私には父も母もいる。小言を言われて、いやだな、うっとうしいな、とよく思う。でも金次郎のように両親が死んでしまったら悲しくて何もできないだろう。実際私はそう祖母が天国へ行ってしまった時、心の明かりが消えてしまいなかなかつけることができなかった。金次郎はどうだったのだろう。悲しさをこらえて家族のために働いたのかもしれない。
金次郎はおじの家で過ごした時、自分の好きな学問のために自らあぶら菜を育て油を作った。好きなことのために自分で状況を変えようと考えて行動できるのが素晴らしい。私の好きなことはもの作り。それができなくなったらとてもくやしいけれど、今の私ならそのまま受け入れてしまう気がする。
金次郎はまずしさを立て直すことに一生けん命だったが人にも手を差しのべた。もちろん人のためにしたことで感謝されることもあったが、時には反対されることもあった。そんな時に自分のやり方がよくなかったと思えることにおどろいた。自分のことと同じくらい他の人のことを考えていたのかもしれない。飯泉観音の金次郎は、私のように自分の幸せばかり願っているのではなくみんなのことも想っていたに違いない。
私も金次郎のように、自分の思ったことを自分のためにも人のためにもすぐに行動に移せるようになりたい。今の私のできるところから少しずつ。まずは来年の初もうでで、他の人の幸せも願ってみようと思う。時をこえて私も金次郎に心をたがやされた。
この情報に関するお問い合わせ先
文化部:生涯学習課 尊徳記念館係
電話番号:0465-36-2381