三代氏康と合戦

三代氏康と合戦

氏康画像(早雲寺写し)

氏康画像(早雲寺写し)

 小田原北条氏三代目の氏康は、永正十二年(1515)氏綱の長男として生まれている。仮名(けみょう)の新九郎は、祖父早雲、父氏綱も名乗っていたもので、生まれながらにして嫡男の扱いだったのであろう。

 氏康の初陣(ういじん)は享禄三年(1530)六月のことで、このとき十六歳である。十六歳ながら、扇谷上杉朝興を武蔵小沢原で破っており、名将の片鱗をみせている。

 父の氏綱は、氏康に合戦のことばかり教えていたわけではなかった、このあたりが、北條氏飛躍の秘密がかくされていたところで、若いうちから一種の政治見習いをさせているのである。例えぱ、鎌倉の鶴岡八幡富に天文六年(1537)七月二十三日付の判物があるが、その署名のところを見ると、氏綱・氏康父子の連署となっている。氏綱は我が子氏康に責任を分担させることによって、自覚を高めさせようとしていたことがわかる。
 天文十年(1541)七月十九日、氏綱が死に、しばらくして扇谷上杉朝定が動き始めた。扇谷上杉氏だけでなく、それまでこれといった動きをみせなかった山内上杉憲政も、はっきりと氏康の前に立ちはだかり始めたのである。

 こうして、関東における旧勢力ともいうべき両上杉氏と新興勢力後北条氏の関東の覇権をかけた戦いのときが刻々と近づいていったのである。

 関東戦国史の分水嶺といってもよい戦いが、天文十五年(1546)四月に繰り広げられた。河越(かわごえ)の戦いである。このとき、氏康の側は最大に動員しても八千ほどにすぎなかった。

 それに対し、扇谷上杉朝定・山内上杉憲政・古河公方足利晴氏の連合軍は何とその十倍の八万であった。八万という数は誇張だったとしても、兵力的には氏康の側が圧倒的に不利だった。しかし、実際の戦いでは鮮やかな夜襲を成功させた氏康軍の大勝利で終わっている。

 この河越の戦いの勝利によって氏康の武蔵支配はゆるぎないものとなり、両上杉、それに古河公方の影響力は急速に低下していった。

 では、氏康の強さの秘密はどのようなところにあったのだろうか。いくつかの理由があげられるが、一つは、諸国からの名の知れた軍法の達人を招いていることである。特に名の知られた者として小笠原播磨守・伊勢備中守・大和彦三郎の三人がおり、三人は京から招かれている。つまり、氏康は、それまでの関東の戦法とは遵う上方の戦法を取り入れたことがわかる。氏康が柔軟な思考力をもっていた証拠である。

 そしてもう一つ注目されるのは、氏康が常々、「用兵術で、これはと思ったいい案があったならば、いくら身分の低い者でもかまわないから、直接、氏康まで申し上げよ」と言っていた点である。

 後北条氏の活力は、このようなところから生まれていったのかもしれない。

この文章について

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【出 典】広報おだわら(連載記事)
【元形態】紙媒体
【著者名】小和田哲男(静岡大学教授:歴史学)
【著作権/編集著作権】小田原市 1995-1998

1.早雲出自の謎

平成7年4月15日号所収

2.応仁の乱と早雲

平成7年5月15日号所収

3.北條早雲の伊豆討入

平成7年6月15日号所収

4.小田原城奪取

平成7年7月15日号所収

5.二代氏網の北條改姓

平成7年8月15日号所収

6.三代氏康と合戦

平成7年9月15日号所収

7.氏康の領国経営

平成7年10月15日号所収

8.北條氏の外交戦略

平成7年11月15日号所収

9.四代氏政の時代

平成7年4月15日号所収

10.五代氏直の家督相続

平成8年1月15日号所収

11.小田原合戦

平成8年2月15日号所収

12.北條五代が残したもの

平成8年3月15日号所収

【お読みください】

  1. 本文に記されている内容は、平成7年度執筆当時のものです。
  2. 表記は、西暦のみを全角漢数字から半角英数字に置き換えました。また、HTML文書の改行幅が狭いことを考慮し、段落ごとに1行の改行を挿入していますが、原文は縦書きのベタ打ちです。
    また、平成9年度の時点では、小田原市は「北条」という表記を用いており、タイトルは「北条五代記」となっていますが、オリジナルは「北條」となっています。本文の表記については、原文のまま「北條」となっています。
  3. この「新・北條五代記」は小田原市の著作物であり、情報の全体もしくは部分を、複製したり加工したりすることはできません。同様の情報をホームページで公開しているものについては、リンクを認めています。原則としてリンクした場合は電子メールでkoho@city.odawara.kanagawa.jpに、もしくは広報広聴課(電話 0465-33-1263)へ連絡をお願いします。

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