市長の日記

市長の日記

2026年03月11日(水)

長興山紹太寺遺跡 ほか

 3.11...。あれから早、15年の歳月が流れました。想像を絶する大津波、そして、世界最悪レベルの原発事故。私たちは、あの震災から背負いきれない教訓そして警鐘を受け止めた筈でした。しかし15年が過ぎ、災害への備えは進む一方で、原発事故の記憶については残念ながら風化が進み、ふるさとを失ったままの人たちがまだ多く存在しています。私たちの命を守り、次の世代へと、この国を、この地域を受け継いでいくために、今一度、「3.11」からの重いメッセージを我がこととして受け止め直し、未来に遺すべき社会の姿を目指さねばなりません。 

 9日、入生田の山中に遺る長興山紹太寺遺跡を訪ねました。江戸時代、小田原藩主だった稲葉正則が父の菩提寺として城下に建立した紹太寺を、1669年に入生田に移したもので、周囲が5㎞を超える広大な面積の中に、堂塔の数は48もあったとされ、当時の黄檗宗の寺としては京都・宇治の萬福寺に次ぐ大寺院でした。稲葉家はその後新潟に移封され、火災などもあって多くの堂塔は失われました。現在は、相模湾を見下ろす高台に稲葉一族の墓所があり、かつて堂塔があった一帯は果樹園などとなっています。
 この遺跡では、長年の歳月を経て周辺の山林や農地がともすれば荒れがちであり、風倒木で墓石が倒れるなどの被害も出ていました。そうした中、稲葉一族の菩提寺でもある紹太寺の武内徳昭住職らがボランティアの皆さんの力も借りて整備作業を進められています。墓所を覆っていた樹木を伐採・整理、墓所に上がるスロープや相模湾を見下ろす展望所を設置されるなど、少しずつ空間が整えられ、山中ながら眺めが良く、平らで開けた往時の空間が蘇りつつあります。
 この日も、武内住職と、整備作業を当初から応援している市議会議員の杉山三郎さんが、バックホウを使って荒れた傾斜地を整理中。今後もボランティアを募り、手を入れて行かれるとのことです。私も久しぶりに現地に立ち、墓所から遺跡の空間を望み、堂塔が立ち並び荘厳だった当時の姿を思い描いてみました。整備の具体的な計画などは出来ておらず、地権者の確認も未了など課題は多いですが、小田原が誇る貴重な遺跡であることは間違いありません。市としても、出来うる支援を行っていく必要を強く感じた訪問となりました。
稲葉一族の墓所にて、武内徳昭住職、杉山三郎議員と稲葉一族の墓所にて、武内徳昭住職、杉山三郎議員と
遺跡を見下ろす高台から、相模湾方面を望む遺跡を見下ろす高台から、相模湾方面を望む
遺跡の広場から、樹木の中にある稲葉一族墓所を望む遺跡の広場から、樹木の中にある稲葉一族墓所を望む
 この日、新たに策定された小田原市文化財保存活用地域計画のご報告に、策定懇話会の正副座長を務められた勝山輝男さんと丁野朗さんがご来室。本市の歴史文化と文化財が持つ価値と魅力をわかりやすく整理し、広く共有・発信すると共に、市民総がかりの総合的な保存・活用を進めるためのマスタープラン、さらには具体化へのアクションプランとして策定され、年末に文化庁の認定を受けたものです。
​​​​​​​ 計画冊子は百数十頁にわたり、本市の歴史文化や文化財のことが明確に整理され、紹介されています。目指す将来像として、「先人が築いた歴史とともに暮らすまち 暮らしを通してその歴史を未来へつなげていく」と掲げられ、保存・活用の進め方、関連文化財群、文化財保存活用区域、推進体制などを明記。今後市として、この計画の枠組みを踏まえ、様々な取り組みを進めていくことになります。
文化財保存活用計画について、勝山氏・丁野氏よりご報告文化財保存活用計画について、勝山氏・丁野氏よりご報告

2026/03/11 13:05 | 未分類

 

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