野崎広太(幻庵)関係資料

野崎幻庵

野崎広太(幻庵)

野崎広太(幻庵)は、中外商業新報(現在の日本経済新聞の前身)や三越呉服店の社長等を務めた実業家で、茶人「幻庵」としても知られた数寄者です。松永記念館の敷地内には幻庵ゆかりの茶室「葉雨庵」が移築されています。多くの茶会に参加し、政財界の数寄者と交わる一方、小田原の市井の人々とも交流し、庶民の茶を広めた人物でもありました。

松永記念館が所蔵する野崎幻庵に関する資料は、自筆の書のほか、自作の茶碗・花入れ等、お茶に関する自作の品々です。なかには、益田孝(鈍翁)、室田義文(頑翁)、横井半三郎(夜雨)といった数寄者たちとの交流をうかがわせるものもあります。

ピックアップ資料紹介

益田鈍翁・室田頑翁・野崎幻庵 書「小田原三老除夜寄書」昭和2年(1927)12月
写真
翻刻
小田原に別邸を構えた三人の数寄者・益田鈍翁(1848-1938)、野崎幻庵(1859-1941)、室田頑翁(1847-1938)が昭和2年(1927)の大晦日に寄せ書きをした書です。

「鬼 八十歳 頑翁」と書いているのは、室田義文(頑翁)。貴族院議員を務め、小田原に別邸「三樹荘」を設けた数寄者です。その左に、四角の略図のようなものがありますが、これは、鈍翁が書いた炉縁(ろぶち)でしょう。その横に幻庵が「君と我 炉に手をかさす 大三十日」と記しています。最後に、鈍翁が「一日之計在宵 一年之計在於暮」としたためています。大晦日に小田原に住む三人が集い、炉に手をかざして暖をとりながら、ゆく年くる年に思いを馳せてお茶を楽しむ情景が想像されます。

なお、この軸には箱書きがあり、昭和12年(1937)9月に頑翁が、12月に鈍翁が亡くなったこと、昭和14年(1939)12月に横井半三郎(夜雨)が幻庵を自身の茶室「庇庵」に招き、この掛け軸を飾ったところ、幻庵は昔を懐かしみ、自作の茶杓・銘「面影」とともにお茶を一服し、二翁の追善をしたことが記されています。

小田原における数寄者たちの交流が、しみじみと感じられる一幅です。

野崎幻庵関係資料一覧(松永記念館所蔵)  PDF形式 :424.2KB

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最終更新日:2019年04月01日



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文化部:生涯学習課 郷土文化館係

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