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2026年09月11日(金)

ぶり御殿

1.ぶり大漁の小田原
 小田原市本町に店を構える「だるま料理店」は、明治26年(1893)の創業である。今年は創立131年にあたる。初代の達磨仁三郎は金沢出身で、廣澤家の養子となった。旧姓が「達磨(たつま)」であったことから、達磨(だるま)大師の縁起にちなんで屋号を「だるま料理店」と登録したそうだ。廣澤家は、元は相模湾沿岸の漁場の有力な網元であった。獲った新鮮な魚を提供するために料理店を開いたそうだ。相模湾沿岸に五ツ浦、米神、前川などのよい漁場があり、それらの豊かな漁場を仕切っていたほどの大網元だった。小田原は明治中頃からブリの大漁に沸きはじめ、以降大正、昭和にかけて年間数万、十数万尾の豊漁となることも珍しくなく、ブリは浜まで押し寄せたそうだ(写真1)。大正時代に大敷網と呼ばれる大型の定置網が導入された(写真2)。昭和30年(1955)代まで相模湾の寒ブリは、全国的に有名であったと云う。小田原近海の定置網漁は現在でも行われている。当時の網元の廣澤家は、ブリ漁で大いに繁栄したのであった。
(写真1)浜にまでぶりが押し寄せた(複写)(写真1)浜にまでぶりが押し寄せた(複写)
 大正12年(1923)9月1日に関東大震災が発生した。震源地は小田原であったため、小田原市は震度7の劇甚被災地となった。地震により、だるまの主屋も倒壊してしまった。2代目の廣澤吉蔵は店舗の再建を目指し、ブリの大漁で得た潤沢な資金を注ぎ込んだ。建築資材は、全国各地から仕入れた良質な国産の檜、松、欅の銘木を惜しげもなく使い、大工は全国の名工を集めて手作業で建てられたと云う。再建された本店は大正15年(1926)に竣工したため、今年(2026年)で100周年の記念の年にあたる。
(写真2)定置網でぶりを獲る(複写)(写真2)定置網でぶりを獲る(複写)
2.文化財建築
(写真3)「だるま」本店の堂々たる正面(写真3)「だるま」本店の堂々たる正面
 贅を尽くして建てられた「ぶり御殿」は、どのような建物だったのだろうか。その一端をご紹介しよう。店舗入り口の右脇に、国の登録有形文化財の碑が置かれている。平成14年(2002)8月21日に文化庁から指定された。
(写真4)向唐破風の玄関屋根(写真4)向唐破風の玄関屋根
 建物全体は、楼閣風の入母屋造り(いりもやづくり)の堂々たる構えで、まるで社寺仏閣のようだ。2階屋根は、正面に破風を二つ連ねて、比翼入母屋造りの形を凝らした外観となっている(写真3)。1階店舗入口は向唐破風造り(むこうからはふづくり)になっていて、老舗が迎える客の度肝を抜くような迫力がある(写真4)。屋根は銅板瓦棒葺で葺かれ、雨樋も銅製である。集水器のデザインは角形で上部は三層構造のデザインとなって、重厚な建物にマッチしたアクセントとなっている。
(写真5)厨房との境にある巨大な梁(写真5)厨房との境にある巨大な梁
 1階食堂の奥、厨房との境にある梁は、驚くほど太い(写真5)。それも一つの節もない柾目(まさめ)である。どれほど太い木から取ったのか想像もつかないほどだ。手前の柱も太く柾目である。このような高価で頑丈な構造材を用いたのは、関東大震災を被災した経験から学んだのかもしれない。外からは目に見えない構造材にも、貴重な銘木が隠されているであろうことは、想像に難くない。1階食堂の天井は高く格天井(ごうてんじょう)になっている(写真6)。
(写真6)1階食堂の格天井(写真6)1階食堂の格天井
 格天井は、釘を使わずに太い角材を格子に組み、その上に板をはめ込んだ天井で、更に、壁と天井の境の支輪(しりん)を湾曲して立ち上げて一段高くした折上格天井(おりあげごうてんじょう)になっている。仏堂や書院造の上段の間などに見られる格式の高い造作である。太い柱と梁によって、広い面積が確保され、更に折上格天井によって高さも確保して、広々とした空間を生み出している。この食堂を利用する客は、この大空間に身を置いているとは気づかずにいるとしても、自然とゆったりとした心持になっていて、料理もよりおいしく感じることだろう。
(写真7)1階食堂奥の座敷(写真7)1階食堂奥の座敷
 1階食堂の右奥に座敷がある(写真7)。床の間もある書院造りである。天井は、中央部が両端より高く三角形に盛り上がった船底天井である。床の間の床柱は節のない丸太で、床框(とこがまち)も銘木のようだ。掛け軸は「忠孝」と堂々たる筆致で揮毫されて重厚である。本館の隣の別館との間は路地になっている。以前は駐車場の場所も含めて庭園だったそうだ。座敷の奥は全面ガラス窓になっているので、かつては、この座敷から庭園を眺めながら食事をしたのだろう。
3.室内のしつらえと意匠
(写真8)玄関唐破風の木彫(写真8)玄関唐破風の木彫
 だるま本店に入るときは、向唐破風の軒下に立派な木彫が飾られていることに気付くだろう(写真8)。枝にとまり羽を広げる鷹と周りの菊花が生き生きと彫り出されている。壁や梁にも波文様がデザインされて、網元の象徴のようである。店舗に入る前から、この建物の贅に心ときめくことだろう。
(写真9)2階の座敷(だるまHPより)(写真9)2階の座敷(だるまHPより)
 建物の形や構造だけではなく、室内のしつらえにも贅を尽くした意匠が施されている。2階座敷は、ちょうどお客様がいらして内部を拝見できなかったが、だるまのホームページの写真を見ると、数寄屋風書院造で室内には驚くほど繊細な細工が施されている(写真9)。建具の桟や欄間の組子細工、丸窓の違い棚、太い床柱の床の間などは、どれも粋な意匠である。現代で再現しようとしても、もはや材も職人も集められないのではないかと思う。
(写真10)1階食堂の花頭窓(写真10)1階食堂の花頭窓
駐車場に面した横奥に、2階座敷への玄関がある。玄関ホールの正面には、玄関ホールの正面には、釣鐘のような不思議な形をした花頭窓(かとうまど)が目に入る。花頭窓は、他にもデザインされていて、1階食堂の座敷との境の壁に花頭窓が二連で穿たれている(写真10)。玄関ホールの花頭窓上部の欄間は、蜘蛛の巣がデザインされたガラス窓である。その発想が面白く、職人の遊び心が感じられた。2階への階段手摺の材もよく手入れされて木目が美しい。階段を上がり切った右壁には、蝙蝠がデザインされている。蝙蝠の「蝠」は中国語で発音が「福」と同じで、吉兆の意匠である。
(写真11)2階座敷用玄関の下駄箱の扉(写真11)2階座敷用玄関の下駄箱の扉
 玄関わきの下駄箱の扉板も尋常ではない。板の中央部に欅の木目が山形に現れている。押し寄せる波をかたどっているようで、それぞれに特徴が浮き出て美しい(写真11)。玄関右側の応接間の腰板にも同じ欅の木目の板が使われていた。ふと、足元を見ると、床板が矩形の板を網代編み(あじろあみ)デザインになっていた。網代編みは、細く薄く加工した材料を縦横交互に編むデザインである。「網代」から網元を連想させるようにしたのであろう。微妙に色合いが異なる木片をリズミカルに寄せ集めて、楽し気な雰囲気を醸し出している。
(写真12)1階食堂の腰板の網代編み(写真12)1階食堂の腰板の網代編み
 応接間に通された賓客は、そこに網元らしさを感じたかもしれない。網代編みといえば、1階食堂の腰板も網代編みであった(写真12)。一見、素朴な材による網代編みにしか見えないが、そこには網元として網代に込めた心意気が表れているような気がした。
(写真13)1階食堂の外窓の松皮菱(写真13)1階食堂の外窓の松皮菱
 1階レジカウンターの後ろの窓には、松皮菱(まつかわびし)の窓飾りがデザインされている(写真13)。松皮菱の中央部に細い横線が二本入っていてアクセントになっている。それが、大胆でいながら繊細な意匠に仕上げている。こんなところにも職人技が隠されているように思われた。
(写真14)1階食堂の奥の窓の櫛型デザイン(写真14)1階食堂の奥の窓の櫛型デザイン
 1階食堂の奥、左側席の窓のデザインが秀逸である(写真14)。3つに区切られた窓は、細い桟の縦格子に、櫛型の1本の線がアーチを作っている。このアーチがなければ、平凡な縦格子窓であろうが、この櫛型の線一本で繊細で鋭い空間を生み出している。職人技が単なる技能の技だけではなく、優れた意匠の技でもあることを見事に示している好例であろう。だるま本店の室内を探せば、まだまだ多くの優れた意匠が隠されているように思う。元網元の食事を楽しむだけでなく、100年前の当主が建築に込めた心を探すのも楽しいことだろう。
4.「だるま」の心
(図)「だるま」の商標(図)「だるま」の商標
 「だるま」の店名は、当て字の「多留満」の草書体である(図)。私が想像するに、「くの客がまりちる幸」との当主の気持ちを込めて漢字を当てたのかもしれない。
 「だるま」は、相模湾で水揚げされた魚介を毎朝仕入れ、その天ぷらや寿司などを供する料理が評判である。創業から続く名物の天丼には、特注のごま油を使っている。ゴマの香りが天ぷらをより美味しくさせる。天つゆは甕(かめ)で継ぎ足し継ぎ足して変わらない味を守っている。つゆに酵素が生まれ、それがうま味になるそうだ。甕から柄杓で取り出し、濾して天つゆの元にすると云う。
 器にも手を抜かない。湯呑から全ての器が保温力に優れている有田焼で、一つ一つ手作りである。気付かれるお客様はいるのでしょうか?と失礼な質問をすると、「いらっしゃいます」と答えられた。湯呑に描かれた線が隣の人と微妙に違うことに気付いて、質問されるそうだ。これまで、美空ひばりや相撲の関取、政治家たちなどの多くの有名人が店に足を運んできたそうだ。にもかかわらず、店内には一枚の色紙も飾られていない。当主は、「お客様はみな同じ」との心で接するのが当初からの店のモットーで、有名人だからと云ってお客様にサインや色紙を求めることはしないそうである。
(写真15)伊勢海老の活き造り(写真15)伊勢海老の活き造り
 8月から10月は伊勢海老の季節である。毎年、この季節の伊勢海老の活き造りを楽しみに東京からも来店されるお客様がいるそうだ。小田原の魚と云えばアジである。生きたアジを仕入れて、アジ寿司にする。これもまた、楽しみに来るお客様が多いと云う。お客様は年配の方が多いように感じられるが、最近は若い人も多いそうだ。「MFゴースト」と云う漫画の影響があると云う。MFゴーストはしげの秀一作で、EV化した近未来に、ガソリン車の公道レースをテーマにした漫画である。舞台が小田原や芦ノ湖の道路で、そこに「だるま」が登場するそうだ。「だるま」は聖地になって、聖地巡りの若い人が来店するらしい。
 時代は変わり、客層も様々である。取材を受けてくださった代表取締役社長は、「温故知新」を強調された。時代の変化があっても、100年の伝統を大切に守りながらも、新しい若い流れもまた受け入れていく。そういう店づくりの心得を、「温故知新」の言葉に込められたのだと感じた。
 最後に、お忙しい中を快く取材に応じて下さった、だるまの社長に心より感謝申し上げます。
記:可不可(旧:広目子) ※本名:深野彰

2026/09/11 08:45 | なりわい

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