石造物調査会調査報告(2020年12月1日版)

平成29年度から公募による市民ボランティアとともに市内にある石造物調査を始めました。
ここでは、令和2年度第4回目の12月1日(火)に調査した場所と確認した石造物の一部をご紹介します。
 
調査の様子

調査の様子

今回は小田原市久野神山神社(こうやまじんじゃ)に再びお伺いました。
前回の調査ではすべての石造物の文字を記録できなかったため、
文字の写真を撮り、次の調査地へ移動しようかと思っていました。
しかし石壁に彫られた大正2(1913)年石垣建造時の寄進者一覧が読みにくく、
片栗粉をふらせてもらい、撮影することになりました。
写真は石壁に片栗粉をつける作業と撮影作業を行っている会員の姿です。

片栗粉をつけた石造物は、撮影後に清掃し、原状復帰しています。


 

神山神社石垣竣成に関する石

神山神社石垣竣成に関する石

神山神社の石垣の建造について記録した石材です。
明治44年に起工、大正2年に竣成したとあります。
また石垣の造成に関わった久野の石工5名の名前が彫られています。
当時を知る貴重な遺産です。

仙元大菩薩の供養塔

仙元大菩薩の供養塔

久野にある「仙元大菩薩」と彫られた供養塔です。
私有地内だったため、地権者にご挨拶し調査許可をいただきました。
その際に、この碑のいわれを教えていただきました。

この碑は昭和44年に建立したものです。
碑を建てる少し前の昭和40年初頭に身内に不幸があったため、拝み屋に見てもらったところ、ここに「仙元大菩薩」を祀るように言われたそうです。

かつての日本では、身内に事故などの不幸があると、「拝み屋」(見える人)に見てもらったといいます。
悪さをしている霊や精霊を見つけだし、それを供養し鎮めました。
江戸時代には修験者がその役目を担っていたようですが、明治時代の神仏分離政策により修験が認められず、修験が衰退したため、一部の修験者などが「拝み屋」として活躍するようになったようです。
不幸の原因を霊や精霊と考える思考は古くからあり、御霊信仰はその一例です。平将門や菅原道真などの不遇の内に亡くなった人物を祀り鎮める信仰です。小田原市域では佐奈田与一を祀る「佐奈田霊社」がこれにあたると思われます。
世界的にはE.E.エヴァンズ=プリチャードがアフリカのアザンデ族を研究した際に提唱した「妖術(witchcraft)」に近い思考といえます。
現代の小田原にある石碑がアフリカの研究にも結び付く、興味深い事例です。


調査地と確認した石造物

  1. 久野神山神社:道祖神、庚申塔、鳥居、記念碑、手水鉢、寄進碑、忠魂碑ほか

最終更新日:2020年12月16日



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電話番号:0465-23-1377


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