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2015年09月04日(金)

小田原の街でこんな美術展 ~第98回西ゆり会美術展~

■象徴的な深みを語る「緑の園」
栄町の飛鳥画廊で開かれていた「西ゆり会美術展」の会場を訪ねた。「西ゆり会」は県西地区の学校の先生およびOBの方々の美術グループとのこと。飛鳥画廊のガラス戸を入ると、正面に渡邊節子さんのM60油彩「緑の園」が迎える。うす緑をまとう若い女性、みどりの樹々と漂う霧。女性の手にはこれも緑の小鳥。足元には見上げる猫。白猫の目線の先は小鳥か女性か。手前にはまだ青い無花果。森の樹々を覆う植物は何の象徴なのだろうと思う。蔦のようにも見える。蔦は宗教画でもよく象徴的に描かれるモチーフ。この作品はすべてが象徴的だ。(緑の園)

この絵は、100号の作品「緑の館」のもとになるものだという。大作の写真を見せていただいたが、背後の樹々や葉の描き込みはもちろん、女性は裸婦で視線がよりはっきりしている。小鳥は花になり、白い猫の視線も裸婦の視線と交差するように見えた。原画では手前に迫ってきていた霧も大作では森の奥に隠れている。西ゆり展の作品の画題は「緑の園」であるが、完成した大作の画題は「緑の館」。「園」から「館」への変化は、作家のより強くなった想念を示すものか。象徴的な意味がさらに深まる(緑の館)。

大きな美術館の企画展はともかく、街を歩いて見た作品展では、見るほうにも描くほうにも踏み込み方があるように思える。絵を描こうとするとき、誰にでも「ある動機」がある。ある人は「その動機」を表現したいとし、見る人はそれを知りたいとも思う。いっぽう、それを語りたがらない創作者もあり、自分の感性だけで作品を見て取る鑑賞者もいる。文化レポートのための取材で美術展を訪れることが多くなった。それもある種の「心構え」を持って。そんなとき、多くを語ってもらうべきか、黙って想を巡らすか、絵をレポートする「作法」ってなんだろうと考えてしまう。
 
そんなことを「緑の園」を制作した渡辺さんと話した。原画から大作への変化も語っていただいたことで、制作者の伝えたいことが、ひとつひとつほぐれてきたような気がした。ふつう、作品展でみるのは、完成した作品だが、想を得てから完成まで、キャンバスに何を描いて何を消したかを知るのも、鑑賞のひとつだろう。

■コンポジションへの挑戦
市川紀征さんの油彩「譜I II III」のシリーズは、どこか具象の存在を思わせるコンポジション。みる側の勝手を言わせてもらえば、それぞれ、沈む夕日と暮れなずむ空と交錯する(III)、医者のようにも見える白衣の人物が浮き出る(I)、街を横切って流れる川か赤や金が都市の繁栄と不安を暗示する(I)。また、タイトルの「譜」は、音楽のリズムともみえ、コンポジションへの挑戦ともみえる。

■遠くの江の島に春をみる
「春の腰越 I II III VI」は海野範幸さんの水彩作品。芽吹きつつある江の島の緑が春を語る。港の船や漁具の日の影も濃くなりつつある。漁港ならどこでもよいのではなく、江の島の春がはるかに描かれていることがこの絵の魅力だろう。

■輪郭線で木版画の魅力が
遠藤幸子さんの木版画「阿寒湖」。ブルーとグリーンの2色だけで、深い森に囲まれた北の国の湖を刷り出している。「腰越漁港」は、青を基調とした背景に大小2隻の漁船とそこから伸びた突堤と停泊する遠くの船が画面を構成する。輪郭線が力強い。「漁港にて」は夕刻の風景か。暮れかかる空の青とオレンジの夕日が、補色ながら溶け合っている。

「西ゆり会美術展」は、これまで1年に複数回開催してきたため、今年で98回を数え、来年は100回となるだろう。油彩・水彩・日本画・木版など、それぞれの画材を使いこなして、41点の熟練の技が展示されていた。なお、今回は正面の写真を掲載していない。読者は斜め方向から作品を見ることになるが、ご容赦のほど。
(記 ゆきぐま)

第98回西ゆり展
□ 会 期 2015年8月5日(水)-10日(月) 終了
□ 会 場 飛鳥画廊 0465-24-2411
□ 事務局 海野範幸 0465-81-2035

2015/09/04 10:40 | 美術


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