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2016年02月25日(木)

第9回文化セミナー「小田原文化財団とODAWARA」に参加して

2月11日(木)に、小田原市民会館で第9回文化セミナーが開催されました。今回のゲストは、小田原文化財団プロデューサーの足立寛氏でした。市民会館本館6階の第7会議室は本館で最も大きな会議室ですが、開会時には満席となる盛況でした。杉本博司氏が主宰する「小田原文化財団」への市民の関心の高さが感じられました。
 
■「小田原文化財団」とは■
「公益財団法人小田原文化財団」について触れておきましょう。小田原文化財団は、世界的なアーティストの杉本博司氏が、2009年12月に設立した財団です。杉本氏は小田原ふるさと大使でもあります。小田原文化財団は、伝統芸能の再考を試み、古典芸能から現代演劇までの企画、制作、公演も活動を行っています。また、杉本氏が既成の価値観にとらわれずに収集かつ拾集された「杉本コレクション」の保存および公開展示を通して、日本文化を広い視野で次世代へ継承する活動も行うことを目的としています。これまで、「杉本文楽 曽根崎心中」の世界公演、「三茶三味〜三味線音楽を聴く」の世田谷パブリックシアター公演、多数のメディアへの掲載などの活動を精力的に展開しています。
足立氏は、杉本博司と能楽や文楽、三味線などの伝統芸能を新しい観点で創作し、小田原文化財団のプロデューサーとして世界中で上演する仕事をされています。そして、本文化セミナーでは、江之浦に建設中の杉本アートの拠点である「江之浦測候所」の建設状況を紹介されました。
 
■「はじまりの記憶」■
2012年11月の小田原映画祭では、杉本博司氏が制作した映画「はじまりの記憶」が上映され、杉本氏のトークショーもありました。「はじまりの記憶」は、杉本氏の創作現場の様子のほか、幼い頃に体験した空と海の風景への杉本氏の想いが映像とともに語られていました。今は廃線となった旧東海道線の根府川駅と真鶴駅の間に、「メガネトンネル」と呼ばれた長坂山隧道がありました。トンネルには海側に穿たれた釣鐘型の窓が連続していて、そこから相模湾の海が断続的に光り輝いて見えたそうです。その光の風景こそが杉本氏のはじまりの記憶であり、杉本アート創作の原点となったのです。
「江之浦測候所」の場所も、まさしく杉本氏のはじまりの記憶によって選定されたといえます。杉本作品の「海景」シリーズは、ただ空と海が水平線で区切られている風景写真です。その哲学的とも云える静謐な世界の原点が、相模湾の空と海であったのでしょう。
 
■「江之浦測候所」■
「江之浦測候所は美術館ではない」と足立さんは強調されました。いわば、敷地全体が杉本博司のアート作品なのです。海に突き出すように造られたギャラリー棟は、夏至の朝日が差し込むように設計されているなど、建物には杉本氏の作品創作の思想が込められています。
セミナーでは工事途中のスライドも紹介され、冬至の朝日が本当に「隧道」の延長線上の水平線から出るのか?を確認した時の映像も映し出されました。確かに、隧道を10分間で通過する太陽の動きを100倍速で上映された映像では、一瞬、光が隧道の奥まで突き抜けました。本当に一瞬でした。その一瞬の輝きもまた、自然のあり様を教えてくれる杉本アートのように思えました。また、「ギャラリー棟」からは夏至の日の出が楽しめ、自然の雄大な世界が展開されます。映像からは、杉本氏が江之浦測候所でめざした世界を垣間見ることができたように感じました。
江之浦測候所の完成は、2017年以降、一応平成29年末頃だそうですが、足立さんは「完成がいつになるのか分かりません。そもそも完成というものがあるのかどうかも分かりません。杉本は造ることを楽しんでいるのでしょう。」と解説されました。この話からも江之浦測候所が単なる施設ではなく、アート作品であることが分かります。
 
■小田原との関わり■
足立氏は、杉本氏が取り組んでいる「江之浦測候所」の情報は世界中へ発信されているので、必然的に「ODAWARA」の名が世界中に広まっている、と語られました。小田原財団の名前と共に、江之浦測候所のある場所が小田原市であると伝えているからです。恐らく、世界中のアートに関心のある人たちが、「Where is ODAWARA?!」とグーグルアースで探っていることでしょう。それだけでも、小田原市にとっては絶大な広報効果が得られていると想像できます。世界の小田原へ!と文化セミナーのタイトルも「ODAWARA」となっているのです。
講演の最後に行われた質疑では、やはり江之浦測候所の見学に関する質問が多数ありました。工事中の現場見学はできるのか、いつ完成するのか、いつから参観できるのか、等々、市民の江之浦測候所に寄せる大きな期待が伺えます。一方で、江之浦測候所は常時一般公開される施設ではなく、常設展示があるわけでもありません。足立さんは、「運営方法の具体化はこれからです」と断りながらも、申込制で小田原市民へ公開する機会は作られるでしょう、と説明されました。小田原市民としては、江之浦測候所が完成した暁には、是非とも参観の機会をつくっていただき、相模湾の風景の中で杉本博司の「はじまりの世界」に浸ってみたいものだと思いました。
 
しかし、たとえ江之浦測候所の参観が叶わないとしても、残念に思わないでよいのです。幸いなことに、私たちは毎日相模湾の海と空の風景を堪能することができます。何の変哲もない海と空だと思っていた風景が、みかんの花咲く丘に立って眺めてみれば、実は世界に稀な貴重な風景であることを杉本氏が私たちに教えてくれたからです。アートの世界はすぐ身近なところにあるのだよ、と。そのことこそが、杉本博司という世界的なアーティストから小田原市民への最も心のこもった贈物である、と思うことのできたセミナーでした。(深野 彰 記)
 

2016/02/25 11:23 | 芸術

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