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2015年09月15日(火)

二宮金次郎生誕地記念講演会- かい間見た人間・二宮金次郎の実像 -

9月6日(日)に、「生涯学習センターけやき」において、「二宮金次郎生誕地記念講演会」が開催されました。今年は、1856年(安政3)に亡くなった二宮金次郎の160回忌で、これを記念して金次郎の業績を辿る講演が行われたのです。開催にあたっては、二宮家と生誕の地である桜井地区の方々が、小田原市の協力の下で準備をされたそうです。雨模様の中、会場には講演を聴こうと多くの方がお集まりになりました。ホールに準備された席は、ほぼ満席となる盛況でした。講演会のポスター講演会のポスター

栢沼実行委員長のあいさつ栢沼実行委員長のあいさつ1時には、壇上に来賓が並んで開会式が行われました。桜井地区自治会連合会長の窪田寛氏による開会の言葉の後、講演会実行委員長の栢沼行雄氏より主催者あいさつがありました。栢沼委員長は小田原市教育長で、本講演会では小田原市教育委員会をはじめ、県教育委員会の他、近隣の市町教育委員会が後援をしています。また、小田原市の自治会総連合も後援して、地元の手による手作りの講演会となっていることが特徴となっていました。続いて、共催である小田原市長の挨拶の後、多くの来賓の方々のご紹介がありました。休憩の後、いよいよ講演会が始まりました。

満席となったけやきホール満席となったけやきホール

 ■記念講演1:大藤 修 東北大学名誉教授「二宮金次郎の思想と仕法」■
大藤教授の御専門は、江戸時代の家と社会、村落生活史で、二宮金次郎の研究を通して、報徳思想にも深い造詣をお持ちです。大藤先生は、二宮金次郎の生涯を概観して、その思想と報徳仕法について解説されました。

記念講演1:大藤名誉教授記念講演1:大藤名誉教授

まず、金次郎は幼少期の体験から「自得」の精神、即ち、書物から得た知識を日々の生産・生活の中で実践し、真理と確信したものを摂取する思考方法を得た、と紹介されました。金次郎は、洪水で没落した自家のみならず、総本家の再興を目指します。金次郎の捨てられた苗を育てて米1俵を得たとい逸話は余りにも有名ですが、それだけでなく、小田原城下で米の売買と米の投機的売買も行う金融をも行っていて、それによって理財能力を磨いたと云う説明には、驚きました。そのようにして得たお金で失った田畑を請け戻し、更に買い入れることができたのです。金次郎は決してコツコツと刻苦精励だけをしていたわけではないのです。ただ、それで終わらないところが金次郎さんの金次郎さんの所以です。自分のためでなく、他人のためにも自己資金を差し出す「推譲」を実践したのです。自分の家屋敷家財と田畑を売り払って、桜町領の復興資金に充てたのです。金次郎は、「一家を廃して万家を興す」と言い切るのです。身を捨ててまで、他に尽くすことは、そう簡単に出来ることではありません。金次郎自身も桜町では、藩役人との対立や葛藤に直面し、引きこもり、更には出奔して行方不明となったそうです。その間、金次郎は成田山新勝寺に参籠して断食祈願をしていました。金次郎も悩み、苦しみながらも実践することで、報徳仕法を磨いていったのです。大藤先生の講演によって、聖人のように見られがちな金次郎さんも悩み多き人間であった、という「人間・金次郎」の実像を、かい間見られたように思いました。

■記念講演2:二宮 康裕 二宮総本家当主「二宮金次郎と一円相」■
2番目の講演は、現在二宮総本家の当主である二宮康裕氏による「二宮金次郎と一円相」の講演でした。

記念講演2:二宮康裕二宮総本家当主記念講演2:二宮康裕二宮総本家当主

二宮氏は、金次郎の書簡、著書の原本を全て精査されて、金次郎の思想とその形成過程を研究されています。本公演では、何故か弟子たちに継承されることがなかった著作をもとに、その中心的思想である「一円相」について講演していただきました。

主著「三才報徳金毛録」の原本主著「三才報徳金毛録」の原本

一円相の展開の図一円相の展開の図

一円相の例「我と敵と體」一円相の例「我と敵と體」金次郎は、万物の生居事は一円空の中にある、として円でそれを示しました。そして、それは混沌→開闢(かいびゃく)→輪廻と展開していきます。混沌は天道界で、開闢は人道界を表しています。輪廻は天道・人道それぞれの世界にあり、現在の生き方が未来に繋がることを示しています。開闢の例として「我」と「敵」を円の上と下に書き、中心に「體」と書いてあります。敵とは我が言葉や態度などで作りだすものだと表現しています。これらの図を使って、金次郎は人々に自分の考えを伝え、よりよく理解してもらおうとしたのだそうです。二宮先生の講演は、二宮総本家ならではの書籍の実物スライドを映しながらご説明され、金次郎思想の本質的部分を分かり易く説明していただきました。

 ■記念講演3:桐原 健真 金城学院大学准教授「近世から近代へ」■
3番目の講演は、金城学院大学准教授の桐原健真氏による「近世から近代へ」の講演でした。桐原先生は東北大学の下で大藤先生に学ばれ、二宮氏とも一緒に研究をしたそうです。先生の講演は、「金次郎の自然観と現代」という副題があるように、金次郎による自然認識と近現代における自然認識との繋がりを講演されました。

記念講演3:桐原准教授記念講演3:桐原准教授

金次郎の自然観は、西洋的自然観のように自然を人間と対立するもの、支配・制御するものと捉えるのではなく、さりとて、東洋思想的な「無為自然」のように人間を自然と合一すると捉えたわけでもなかった、と先生は解説されました。
金次郎は、人間は自然の一部であり、自然に対して主体的に挑戦しながらも、限界を知り自然を畏怖する存在と考えていました。そして、春夏秋冬、種・草・花など自然は循環して永遠であり、有限な人間の生に永遠性を与えてくれるものであると考えました。酒匂川にある「霞堤」はあえて堤防を切ってあり、洪水時には流れを逆流させて堤防決壊を防ぐ、自然と人間が和する考え方で作られています。東日本大震災の後、中央防災会議は、「防災」から「減災」へと考えを変えたそうです。金次郎の思想は、日本で初めて近代的主体性をもって自然に対したけれども、人間の身は自然からの借り物であるという考えを持っていました。金次郎の考えは、現代においてこそ示唆に富んだ思想である、として講演を結ばれました。

二宮義氏による「閉会の言葉」二宮義氏による「閉会の言葉」

■講演を聞いて■
閉会式では二宮義氏による「閉会の言葉」のごあいさつがあり、無事閉会となりました。今回の記念講演を聴いて、二宮金次郎のイメージが、随分と変わったように思いました。金次郎と云えば、どうしても薪を背負って四書の「大学」歩きながら読んだと云う銅像を思い浮かべてしまいます。大藤先生によると、少年時代に金次郎が大学を読んだ記録はなく、銅像の姿は全くの虚構だそうです。明治政府によって、都合の良い非常に偏った部分だけ利用された金次郎の姿であったと初めて知りました。そして、金次郎が金融で資金を増やしたり、仕事に悩んで引きこもり、更には出奔してしまったりする姿には、生々しい人間としての金次郎を感じました。これまでの二宮金次郎研究は、偉人、改革実践者として側面が強調されて論じられてきたように思います。一方で、一人の人間としての二宮金次郎の研究は、まだこれからのように感じました。今後も人間・金次郎の実像が研究され続けることを期待したいと思います。そして、小田原が生んだ金次郎が、人間として生きた様子を伝える今回のような講演会が、これからも企画されることを願っています。(深野 彰 記)

 

2015/09/15 08:55 | 歴史


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