古文書・宝泉寺文書 1通・1枚 (ほうせんじもんじょ)
概説
永禄山(えいろくざん)宝泉寺は、永禄元年(1558)北条時長(宝泉寺大年用公)によって創建された、臨済宗大徳寺派の古刹です。
なお北条時長については、近年の研究により伊勢宗瑞(北条早雲)の末子北条宗哲(ほうじょうそうてつ・幻庵)の嫡男で小机城主を務めた三郎と考えられるようになりました。
天正18年(1590)の小田原合戦の兵火にあって、寺と多くの寺宝は焼失してしまいましたが、指定の文書は難を免れました。
同年にあった長尾景虎(ながおかげとら・上杉謙信)の小田原来攻と関係するものと考えられています。
※『小田原市史 史料編 原始 古代 中世Ⅰ』(1995)、『小田原市史 史料編 中世Ⅱ小田原北条1』(1991)で読むことができます。
なお北条時長については、近年の研究により伊勢宗瑞(北条早雲)の末子北条宗哲(ほうじょうそうてつ・幻庵)の嫡男で小机城主を務めた三郎と考えられるようになりました。
天正18年(1590)の小田原合戦の兵火にあって、寺と多くの寺宝は焼失してしまいましたが、指定の文書は難を免れました。
- 「酉(永禄四年)三月十三日北条家虎朱印状」
同年にあった長尾景虎(ながおかげとら・上杉謙信)の小田原来攻と関係するものと考えられています。
- 「宝泉寺寺領図・同裏書」〔写真〕
※『小田原市史 史料編 原始 古代 中世Ⅰ』(1995)、『小田原市史 史料編 中世Ⅱ小田原北条1』(1991)で読むことができます。
関連情報リンク
この情報に関するお問い合わせ先
文化部:文化財課 文化財係
電話番号:0465-33-1717