工芸品・山中氏の組木 18点
山中氏の組木 18点(市指定 昭和51年3月3日)
【所有】 個人
【所在】 荻窪
【概説】
山中家は、江戸時代から小田原の住人で、組木の創業者である初代山中常太郎(1874〜1954)は、代官町(本町3丁目)のあわび屋(箱根物産指物製造販売業)の門に入って、指物技術を修業し、明治30年独立して指物業を開きました。
当初は、あんどん枕を生産していましたが、外国製の組木サンプル(角型、樽型など)を見て興奮し、優れた考察力によって新製品を創作し、好評を博しました。
これらの智恵木(巧みなからくりの一つで、木の組み立てられた型を解いたり、組み立てられたパズル)と呼ばれ、国内だけでなく、海外にも輸出されました。型作りは、五重塔などの建造物をはじめ、三輪車、飛行機、船など乗り物を得意としました。
長男和市(二代、昭和18年没)と、次男広吉(三代)もそれぞれ父の指導を受けて技術を習得しましたが、二代和市は、天守閣、国会議事堂などの建造物に秀作を残しました。
三代広吉は、動物の形に興味を持ち、多数の型を創作しましたが、特にライオン・象・猫などに示された造形力は抜群のものが感じられます。
四代成夫も、父広吉の下で修業し、天性卓抜な創作力を生かして、昭和30年頃から独自の型を発表しはじめました。型は、先代達と異なり、抽象的かつ現代的であって、昭和34年頃から柳宗理、勝見勝、清家清などの識者に着目され、高い評価を得ています。
このように四代にわたり、一族一統が連続して難しい創作組木一筋に歩み続けることは、まれな例です。
【形状】
作者名 |
形状(品名) |
材質 |
寸法(組上り)cm |
構成部数の数 |
初代 |
五重塔 |
ホオノキ |
7×7×23h |
26 |
陽明門 |
ホオノキ |
8×13×12.5h |
29 |
|
つる |
ホオノキ |
19×15×10h |
13 |
|
三輪車 |
ホオノキ |
43×19×38h |
8 |
|
二代 |
国会議事堂 |
ホオノキ |
29×14×13h |
32 |
名古屋城 |
ホオノキ |
9×7×18h |
35 |
|
水泳(人形) |
ホオノキ |
9×4×12h |
9 |
|
レビュー(人形) |
ホオノキ |
7×5×20h |
9 |
|
三代 |
神橋 |
ホオノキ |
37×9×12h |
84 |
ライオン |
ホオノキ |
24×10.5×11.5h |
11 |
|
象 |
ホオノキ |
17×11×13h |
13 |
|
豚 |
ホオノキ |
17×8×11h |
15 |
|
猫 |
サクラ |
16×45×10h |
13 |
|
サイドカー |
ホオノキ |
16×14×16h |
15 |
|
四代 |
五十一本型 |
ホオノキ |
27×27×27h |
51 |
清水型 |
シウリザクラ |
23×23×23h |
54 |
|
糸車 |
ウオルナット |
27×27×27h |
15 |
|
二十七本型 |
シウリザクラ |
22×22×22h |
27 |