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2019年02月14日(木)

硬派弦楽アンサンブル「石田組」小田原公演を聞いて

平成31年の小田原の音楽シーンの幕開けとなる表記の公演のレポートは、
私個人として今最も関心があり、2001年から神奈川フィルハーモニー管弦楽団のソロコンサートマスター、注目のヴァイオリニスト“組長”石田泰尚さん率いる弦楽アンサンブル「石田組」の演奏会です。
(2019年1月12日15時より於:小田原市民会館大ホール)
石田泰尚さんはピアソラをフューチャーした“トリオリベルタ”としての公演で小田原にも一昨年来演されたことがあります。
 結論から述べると、ワクワクと気持ちは飛び上がりながら大興奮のエンディングを迎えました。東京では初雪、小田原でも霙交じりの雨がちょっと降る厳しい冷え込みの中にもかかわらず、指定席制なのに開場の前から人の列ができる大盛況でした。場内では、人々の開演前の期待を込めた騒めきの彼方から微かにチューニングの音色が聞こえ、コントラバスが一つだけ置かれたステージが一瞬にして明るくなり“12名の組員”が入場し、最後に颯爽と石田組長のご登場です。
以下当日のプログラムセットです。
*J・ラター“弦楽のための組曲”
*P・チャイコフスキー“弦楽セレナードハ長調 op.48”
――――――休憩――――――
*G・ホルスト“セントポール組曲 op.29-2”
*E・モリコーネ(近藤和明編曲)“ニュー・シネマ・パラダイス”
*Eバーンスタイン(近藤和明編曲)“荒野の7人”
*ディープ・パープル(近藤和明編曲)“紫の炎”
―――――アンコール――――
*F・クライスラー(大橋晃一編曲)“美しきロスマリン”
*A・ヴィヴァルディー“四季より「冬」”
*三木たかし/阿久悠“津軽海峡・冬景色”
*U.K.“シーザーズ・パレス・ブルース”
 軽いチューニングの後、突然流れ出したJ・ラター(1945年ロンドン生まれ、ケンブリッジ大学で音楽を学び現代の作曲家としては保守的な作風で知られる。)の“弦楽のための組曲”(1973)。黒一色の正に硬派の石田組の出で立ちから、しなやかな弦楽アンサンブルが溢れてきました。もともと現代の作曲家の中でも超保守的と言われるJ・ラター。オープニングにしては地味なこの曲の響きに何か安らぎを覚えました。しかし、私達聴衆が今回のプログラムに組長の仕掛けた罠にかかっていることには、終演後に気が付くことになります。
 2曲目のチャイコフスキー(1840-1893ロシアの作曲家)の“弦楽のためのセレナード”は、指揮者の小澤征爾さんが、ここ一番という演奏の機会で良く演奏される曲で、弦楽アンサンブルの定番です。その比較的大人数の演奏が念頭にありました。今回は、流石にコントラバス1人の構成でその音の厚さを引き出すのには限りがあったと思います。しかし、3楽章でのヴィオラと組長の掛け合いの暖かさや、4楽章での組長が、猫が跳躍の前にするように背をかがめた一瞬の静寂の後のコーダに向けた音楽の流れはエキサイティングでした。
 休憩後のステージでは、組長はワンピースの胸の隙間から時折素肌が垣間見られるリラックスした衣装で登場しました。
 幕開けは、組曲“惑星”を作曲したイングランド出身のG・ホルスト(1874-1934)の“セントポール組曲”です。この曲は、いわば組長のソロを聴かせるための曲ともいえ、特に3楽章で同じヴァイオリンからとは思えないように異なる音色を導き出し、またヴィオラとの柔らかい掛け合いに魅せられました。4楽章ではピチカートのピアニッシモの響きに乗りながら、突然、大の男の組長が真顔で真剣にダンスに一直線で取り組む様に、時に蟹股になり、中腰で素肌をちらつかせつつ、伸びあがる様にコーダを弾ききり、駄々っ子の様にぷいっと空を見上げ、一人颯爽とステージを後にするのが印象的でした。
 ここまで来てやっと組長のMCです。
”エー、こんにちわ、あけまして、おめでとう。(メンバー紹介)最後まで楽しんでくれ“
口をとがらせ、照れたようにアピールするその姿からは、組長のピュアな音楽への姿勢が伝わってきました。
 ここからは、ポップな曲目です。
 まず最初に、“ニュー・シネマ・パラダイス”。
 このローマ出身で多くの映画音楽を作曲しているエンニオ・モリコーネ(1928~)の名曲はその映画のイメージに重ねて非常に哀愁のある曲として多くの演奏機会がありますが、石田組の演奏は、あくまで骨太でこの曲そのものの本質に迫るものでした。
 次は、“荒野の七人”のメインテーマ。
 アカデミー賞、ゴールデングローブ賞を受賞し200曲以上の映画音楽を書いた、東欧にルーツを持つアメリカの作曲家バーンスタイン(1922-2004)の代表作の一つです。
 この“荒野の七人”の演奏から、石田組は突然まるで別のアンサンブルが如くに飛躍して鳴りだしました。冒頭の“弦楽のための組曲”から“ニュー・シネマ・パラダイス”までとは別人のように、音楽が溢れだした様に感じました。
 第6曲目の “紫の炎”では、“荒野の7人”で弾けたその勢いを引き継ぎ、テュッティーのフォルテシモの次の瞬間に、全員がストップモーションの様な静寂の中から、圧倒的なコーダへ突入し、最後に組長が弓を突き上げて終わりました。組長はそのままアンサンブルの真ん中を走り抜け隊列の遥か奥、反響板のところまで下がり、深々と一礼をすると場内はこの瞬間に、大盛況の拍手に包まれアンコールを求めました。
 アンコール1曲目はF・クライスラー(1875-1962:オーストリア出身)の“愛しきロスマリン”。 “紫の炎”で燃え盛った場内とアンサンブルの多少の乱れに平穏をもたらすように音楽が流れました。
 2曲目はヴィヴァルディー(1678-1741:ヴェネチア出身、バロック後期の多くの協奏曲で有名)の“四季より「冬」”。美しくもガッツのある組長のヴァイオリンに、組員12名がまとわりつくような演奏でした。
 引き続きのアンコールに、組員は石田組のTシャツに着替え、組長は、茶髪のかつらに、カラフルなパッチワークのワンピースに御着替えをして登場、3曲目はなんと“津軽海峡・冬景色”を情感たっぷりに歌い(弾き)上げました。まさに「俺たち日本人の魂ここにあり。」と歌舞伎の見栄を切る様な組長でした。
 更に大サービスで、イギリスで1970年前後に生まれたプログレッシブ・ロックバンドU.K.の何ともきな臭い“シーザーズ・パレス・ブルース”を最後に全力で演奏し閉幕となりました。
 プログラム冒頭に、J・ラターという渋い作曲家の“弦楽のための組曲”を配したのは、次の“弦楽セレナード”でさえ、この最後のアンコールを含めたクライマックスへの助走であり、その意味で組長の仕掛けにまんまと嵌められ、2時間30分の長丁場を楽しませていただきました。
 “組長”石田泰尚は、12名の第1級の職人弦楽奏者たちに支えられ、その期待を裏切らないどころか、良いとか悪いとか、上手いとか下手とか、クラシックとポップスとか“音楽”に境界を設けたがる聞き手を煙に巻きながらより高い稜線へと運んでくれる。必ずまた聞きたいと思わせる数少ない演奏家であることをあらためて確認出来た貴重な機会でした。

2019/02/14 14:30 | 音楽

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