古文書・原家文書
所有 | 個人 |
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所在 | 中里 |
形状 | 近世文書215点、近代文書202点 |
概説
中里村は、江戸時代初期に酒匂郷から分かれた新田村の新屋村と合併したと伝えられていますが、その新屋村を開発して名主を勤めた二人のうち一人が原家の先祖です。
本文書は、開発を終えた新屋村が最初に検地を受けた元和3年(1617)から貞享2年(1685)の稲葉氏転封までの時期の資料を含んでいて、土地及び年貢関係を中心に江戸時代前期の農村を知ることができます。
また、江戸時代後期の文政期から当主治郎左衛門が名主として村の記録を細かく記している文書が含めれています。さらに、報徳仕法の推進者として治郎左衛門が二宮金次郎に提出した志願書や、近郷の村々の仕法を進めていった文書が含まれています。
なお、原家は、藩の報徳仕法推進者鵜沢作右衛門と親戚関係にあったため、鵜沢家の先祖書や鵜沢作右衛門が作成したとみられる海岸防備関係の文書も含まれていて貴重です。
本文書の中には写本類もあり、その中に偶然にももとの反故(ほご)紙の断簡ながら小田原宿万町の宗門改帳の一部が見つかりました。
これまで、小田原宿の町人の宗門改帳は未発見だったので貴重な発見でした。
これを見ると町内に寺のない万町では、檀那寺は小田原領内に及んでいます。これは、町人の出身地と関係があると考えられ、小田原宿の町人が小田原領内各地から移住してきたことがわかります。
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