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2016年07月29日(金)

松竹大歌舞伎・観劇記(前編)

「松竹大歌舞伎」ポスター「松竹大歌舞伎」ポスター今年も、「松竹大歌舞伎」が7月5日に小田原市民会館大ホールへやって来きました。昨年は、9月1日に小田原では16年ぶりとなる「松竹大歌舞伎」が上演されましたが、今年も昨年に引き続いての開催です。5月8日のアナウンサーの葛西聖司氏による「歌舞伎プレセミナー」を聞いていたので、「鳴神」への期待が膨らみました。(私は当日PRESSの腕章を付けて、記録係としてカメラ撮影を担当しました。

■開場とホワイエの風景■

期待が高まる開場です期待が高まる開場です今年は、昼の部の1回のみの公演でした。開場前から大ホールの外には長い行列ができていました。全席指定席ですから早くに来る必要はないのですが、やはり、歌舞伎観劇への期待が足を早く運ばせたのでしょう。開場と同時に次々と観客が入場してきました。開演時間が迫っても、入場者の行列が途切れることはありませんでした。大ホールの1階は満席となり、2階席も多くの人が入りました。開演までの45分間、売店コーナーでは、混みあう中、皆さんが次々と歌舞伎グッズやどら焼きを買い求めていました。

混みあう売店コーナー混みあう売店コーナー

ういろうの印籠ういろうの印籠会場入り口脇には、巨大なういろう印籠が飾られてありました。小田原と歌舞伎と云えば、「外郎売」です。「武具馬具ぶぐばぐ、みぶぐばぐ・・」と云う外郎売の長台詞は、役者やアナウンサーの滑舌訓練として歌舞伎以外でも有名です。「ういろう」の店頭に飾られているものを借りてきたそうです。

中村時蔵の「文売り」中村時蔵の「文売り」今回の公演の座頭は、中村時蔵です。五代目中村時蔵は四代目時蔵の長男で、屋号は「萬屋(よろずや)」です。時蔵は、歌舞伎界における「立女方(たておやま:女方の最高位の人)」として、平成20年には日本芸術院賞、平成22年には紫綬褒章を受章している名優です。本公演では、三番目の出し物の舞踊「文売り」で文売りとなり、台詞と踊りを演じます。今年の「平成28年度松竹大歌舞伎」小田原公演は、全国巡業公演の中央コースで、6月30日の埼玉県越谷市から始まり、7月24日の沖縄県浦添市まで日本全国16ヵ所を巡ります。中央コースの他に、7月の東コースと9月の西コースがあります。どのコースも、ほぼ一ヶ月で全国を巡ります。蒸し暑い時期に毎日のように移動しながら舞台で演じるのは極めて過酷な仕事で、よほどの体力と精神力がなければ務まらないだろう、と容易に想像できます。それも日頃のたゆまない稽古があってのことでしょう。満席となった大ホールで、パンフレットを読みながら開演を待つ間こそ、幕開きの期待が高まる時間であると云えましょう。2時になり、いよいよ開演です。
 

■歌舞伎の見方■

小田原名物を前に、立ち廻りの解説小田原名物を前に、立ち廻りの解説今年の特徴は、「歌舞伎の見方」という解説があったことです。案内役は、坂東亀寿さんと中村萬太郎さんのお二人でした。舞台の設えや音楽・鳴り物、そして効果音の出し方や、歌舞伎の所作、見得の切り方、立ち廻りなど、実演を交えて解説しました。また、小田原城の模型を手にして登場し、小田原城の大改修で賑わっていることを祝ってくれました。更に、ういろうと鈴廣の蒲鉾も手にして、地元名物を紹介するサービスに、満場の笑いと大拍手が起こりました。舞台が始まる前に効果音の基本解説を受けたことで、以降の観劇では「なるほど」と、歌舞伎の面白さを増幅する効果がよく分かりました。
 

■歌舞伎「鳴神」■

休憩の後、いよいよ歌舞伎十八番の内「鳴神(なるかみ)」です。先にアナウンサーの葛西聖司氏による「歌舞伎プレセミナー」を聴いて書いた文化レポートも引用しながら、実際に観劇した「鳴神」の舞台を紹介しましょう。

「鳴神」とは、漢字を逆に読むと「かみなる」、即ち「かみなり」、雷のことです。雷が鳴ると雨が降ります。つまり、雨を降らす神様のことです。雨を降らすのは龍神です。歌舞伎「鳴神」の主人公は「鳴神上人」ですから、上人は神様ではなくお坊さんです。でも、このお坊さんは普通の人ではなく、修行によって法力を身に付けた超人なのです。雨を降らせる龍神を、鳴神上人は操る力をもっていました。歌舞伎「鳴神」は、この鳴神上人をめぐる物語です。

 

舞台全景。上手に庵、下手から雲の絶間姫が登場舞台全景。上手に庵、下手から雲の絶間姫が登場

時は平安時代の中期、第57代陽成天皇の御代でした。陽成天皇は、父・清和天皇(青和源氏の始祖)の退位で、876年(貞観18年)に、わずか9歳で即位しました。陽成天皇は幼少であったため権力争いに巻き込まれ、884年(元慶8年)、これまたわずか17歳で退位させられてしまうのです。陽成天皇が在位していた貞観年間は、日本中が大きな災害に見舞われた時代でした。貞観6年(864年)には富士山が大噴火し、貞観11年(869年)には東日本を震源とする巨大地震と大津波が発生しました。元慶2年(878年)には、京都で大飢饉が発生し、関東地方では大地震が起きました。千年前の日本は、まさに天災が日本中を覆った時代だったのです。物語は、このような時代を背景にして展開します。
陽成天皇には世継ぎがないため、鳴神上人に皇子誕生祈願の依頼をします。戒壇建立を条件に依頼を引受けた鳴神上人は、女子が生まれるところを男子に変えてしまう「変成男子(へんじょうなんし)の法」を用いて、見事に皇子誕生の願いを叶えるのです。ところが、陽成天皇は、鳴神上人と交わした戒壇建立の約束を反故にしてしまいます。約束が違うと怒った鳴神上人は、法力で雨を降らす龍神をことごとく滝壺へ閉じ込めてしまいます。滝壺の前には注連縄(しめなわ)で結界をつくってしまいました。舞台の正面に滝があり、その前に注連縄が張られているのは、そのような状況を示しているのです。世の中に一匹も龍神がいないので、雨が一滴も降りません。そのため国中が干ばつに見舞われてしまいました。この辺の背景は、自然災害に見舞われた貞観年間の時代背景を踏まえているようです。困ったのは朝廷です。このままでは国中の人々が餓死してしまいます。そこで、一計をめぐらしました。絶世の美女・「雲の絶間姫(くものたえまひめ)」を使って、鳴神上人を色仕掛けでたぶらかそうとしたのです。実は、この雲の絶間姫はただの美女ではなく、陰陽師(おんみょうじ)でした。陰陽師と云えば、安倍清明(あべのせいめい)が有名ですが、清明が活躍したのは1世紀ほど後の時代です。
 

舞台となる滝壺は、京都の北・鞍馬山よりまだ山奥の「志明院」という寺の境内にあります。その山奥に雲の絶間姫はやって来きます。雲の絶間姫は、亡き夫の形見の衣を洗うために滝壺にやって来た、と言葉巧みに自分の恋物語を語り聞かせます。すると、話に聞き惚れた上人は身を乗り出して堂から転げ落ちて気を失ってしまいます。それを雲の絶間姫は、滝の冷水を口移しに飲ませて介抱すると、上人は我に返ります。雲の絶間姫の色気籠絡第一段は見事成功したのです。
雲の絶間姫の色気作戦は続きます。鳴神上人は、一度は雲の絶間姫を疑うのですが、雲の絶間姫はそのようなことはないと、潔白を示すため滝壺に身を投げようとします。その姿を見て上人は疑いを晴らし、出家して弟子になりたいという姫の願いを受け入れてしまうのです。
 

上人が姫の胸元に手を入れてしまう見せ場上人が姫の胸元に手を入れてしまう見せ場ついに雲の絶間姫は鳴神上人の懐に飛び込むことに成功しました。二人の小僧・白雲坊と黒雲坊を出家剃髪に必要な道具を買いに里へ追い遣って鳴神上人と二人きりになると、いよいよ雲の絶間姫の籠絡作戦の仕上げです。雲の絶間姫は急に胸が痛いと訴えます。純情な上人は思わず姫の胸元に手を入れて、女人の肌に触れてはならない戒律を犯してしまいます。戒律を犯した上人は、どんどん深みに誘い込まれてしまうのです。雲の絶間姫が上人を焦らす様子は、女方の見せ所です。

姫に勧められるがまま盃を重ねる鳴神上人姫に勧められるがまま盃を重ねる鳴神上人上人は仏僧としての節度など投げ捨ててしまい、自ら姫に夫婦になろうと迫ります。姫の言うままとなってしまった上人へ、雲の絶間姫は夫婦になるためにと盃事を求めます。人生で一度も酒を飲んだことのない上人は、飲めない酒を何杯も飲んでしまいます。その姿を姫は冷たい目で見ているのです。上人は散々飲まされて酔いつぶれ、庵の中で眠ってしまいます。
 

雲の絶間姫が注連縄を切る雲の絶間姫が注連縄を切るいよいよ最後の仕上げです。雲の絶間姫は岩を登り、注連縄を切って封印を解いてしまいます。たちまち龍神が滝壺から躍り出て、一天にわかに掻き曇り、稲光とともに大雨が降り始めたのです。してやったりの雲の絶間姫は、上人へ騙したことを詫びながら山を下りていくのです。轟く雷鳴と雨音に目が覚めた鳴神上人は騙されたと知り、髪の毛を逆立てて弟子たちを投げ飛ばして怒り狂い、姫の後を飛び六方で追い駆けて幕となります。
 

この「鳴神」は、とにかく面白いのです。鳴神を観れば、歌舞伎とは面白いものだと誰でも思うこと請け合いです。「鳴神」の舞台には、歌舞伎の持つあらゆる要素が織り込まれています。
まず前半では、雲の絶間姫が山にやってきた事情を語っていきます。この話で鳴神上人の心を捉えられるかが、籠絡作戦の分かれ道ですから、女心の哀しさを切々と訴える台詞が聞きどころです。鳴神上人が庵から転げ落ちるように、観客を話に引き込みます。雲の絶間姫に介抱される頃から、うぶな鳴神上人は姫の色香に惑わされ、手玉に取られていきます。一旦絡め捕られた男は、それと気付かぬまま、姫に主導権を握られてしまうのです。段々と強気に事を進める女の艶めかしい本性に、魔性さえ感じられ、上人ならずともクラクラしてしまうのです。
注連縄を切って目的を達した雲の絶間姫は、上人を騙したことを詫びながら花道に消えて行きます。中村梅枝は、「・・・鳴神上人を騙すことになりますが、心の中に申し訳ないという気持ちをきちんともつことが大切と教わりました。」と、公演プログラムで語っています。心の中までも役になりきることが求められているのだと、姫の逡巡しながら花道を去っていく姿に、それを感じました。
 

目覚めて騙されたと知った鳴神上人は怒り狂う目覚めて騙されたと知った鳴神上人は怒り狂う後半は、打って変って荒事の場面が次々と展開されます。騙されたと知った鳴神上人は、怒り狂います。頭を上げた上人の髪は、いが栗のように逆立っています。衣裳を瞬時にひっくり返す「ぶっかえり」で、鳴神上人は紅蓮の炎で憤りを表します。引き留める小僧たちを投げ飛ばし押し倒して、怒りを爆発させます。柱に取り付いた「柱巻きの見得」や、岩の上で切れた注連縄を手にした「不動の見得」が次々と披露されるところは、まさに歌舞伎の醍醐味です。最後に花道を豪快な飛び六方で姫を追い駆ける様は、荒事における痛快の極みと云えましょう。

鳴神上人は飛び六方で姫を追い駆ける鳴神上人は飛び六方で姫を追い駆ける

艶やかな雲の絶間姫艶やかな雲の絶間姫鳴神上人は尾上松緑、雲の絶間姫は中村時蔵の長男・中村梅枝が演じました。雲の絶間姫の赤に刺繍が施された衣装と銀に輝く髪飾りの豪華さは、絶世の美女である姫の姿を如何なく表現していました。そして、中村梅枝の雲の絶間姫は初役だそうですが、初めてとは思えないほど姫の妖艶さが現れていました。小さな仕草ひとつひとつに、雲の絶間姫の覚悟としたたかさを感じることができ、代々受け継がれてきた役どころの心得が、若い世代にもしっかりと伝えられているのだと思いました。
(次回に続く)

 

2016/07/29 08:45 | 芸術


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