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2022年10月17日(月)

小田原三の丸ホールの歴史を開く情熱の響き (三の丸クラシックス2022秋Ⅰ、園田紘子ピアノ・リサイタルを聞いて)

小田原に三の丸ホールが出来ておよそ1年間が過ぎ、多くの素晴らしい演奏がされてきました。9月11日に開催された園田さんのピアノ・リサイタルは、小ホールにおける開館1周年事業を冠する<ピアノ・リサイタル>としては、最初の歴史を飾る素晴らしい演奏会として、人々の記憶に残るに違いありません。
園田さんは、西湘高校ご出身で、武蔵野音楽大学をご卒業後、欧州で研鑽を重ねられ、2013年からほぼ1年おきにリサイタルをされています。この日も西湘高校の関係者の皆様も多く見受けられ、ほぼ満席に近い状態で、開催されました。地元のご出身の方が、新しい三の丸ホールでご活躍されることは、文化の地産地消でも在り、まさにSDGsを実現するためにも大切なことと思います。また、今回弾かれたピアノは、市民会館で長年愛用されていたスタインウェイで、三の丸ホールへ移設・活用に辺り完全にオーバーホールされたもので、大変コンディションの良い状態に熟成した状態でされ、この日に臨まれました。
 
 
冒頭のモーツァルトの、キラキラ星の主題による変奏曲は、園田さんのこのリサイタルへの思いが緊張に現われたのか、少し重たいキラキラ星で弾き始められました。ご自身の書かれたプログラムノート(曲目解説)に、「それだけで純粋に美しい」とされたモーツァルトの音楽は、それ故に、演奏者のその瞬間の心の在り様を鏡のように写すのかも知れません。
園田さんは今回のプログラムノートを、ご自分で書かれています。園田さんのプログラムノートは、各曲の背景と園田さんの思いが込められていて、それを読むだけでも楽しくなります。実は、プログラムノートをご自身で書かれることは、その内容と演奏を両立しなければならないという大変なことで、園田さんの意気込みが伝わってきます。
三の丸ホールの小ホールは、多目的として使えるように、客席をロールバック形式とし、客席の天井に照明設備などが設置され、ステージの音響反射板、客席部分の天井、壁面などの材質、構造の関係で、クラシック音楽にとっては、クラシック専用のホールに比べ、その響きのスイートスポット(客席に良い響きを届けるため、舞台上で最も適した楽器の位置)を定めるのに少し気を使うところもあります。更に、ホールの響きは観客席の状況によっても変わります。最初の曲は、リハーサルを通じて定めたピアノの位置と本番の状況の確認をしながらの必要もあり、園田さんも緊張されていたのかも知れません。
 
さて次はショパンのバラード第1番です。園田さんがご自分で書かれたプログラムノートにある様に、ポーランドの天才ショパンが、故郷ワルシャワをロシア軍に占領された悲劇に立ち向かう気持ちを込めて作られた曲です。園田さんは、この曲を、強く語りかけるように、聴衆に訴えられました。三の丸ホールでの初リサイタルの重圧から解き放たれた音楽が、小ホールの隅々にまで響きわたりました。続くショパンのバラード第4番で、園田さんの響きは更に自由に空間を満たし、ショパンの調べの光と影を、オーバーホールされ絶好調のスタインウェイと、小ホールと一体になり、豊潤な音の空間を創出しました。
休憩の後は、ベートーヴェンのピアノソナタ熱情です。
音楽に限らず、表現というものは、表現者の“思い”と“それを支える技術”によって具現化されるものと思います。この「熱情」という曲は、そのタイトルにあるように、ベートーヴェンのピアノソナタの中でも情熱を感じさせる曲ですが、園田さんがプログラムノートに書かれている様に、ベートーヴェンは情熱的な曲だからこそ、緻密に練り上げられた音楽構成にその作曲技術の粋を凝らしていて、それを確実に捉えることが求められる曲です。今回の園田さんの演奏は、がっちりとした骨組みの中に、繊細なメロディーをちりばめた素晴らしい演奏でした。
冒頭の重圧を、ショパンではねのけ、この熱情で開花させ、ほぼ満席の聴衆も一緒にこの充実感に満たされたと思います。

園田さんからのお客様への感謝と、このリサイタルに至る迄の険しい道のりのお話しの後、満場の温かい拍手を受けてアンコールの演奏がされました。曲目は、ドビュッシーのアラベスク第1番という素敵な曲でした。盛り上がった喧噪の後、テラスで黙って静かにコーヒーを飲む様に、しみじみとその響きが小ホールに吸い込まれていき、三の丸ホールの記念事業として初めてとなる、小ホールでのピアノ・リサイタルは、思い出に残る幕を閉じました。
撮影:五十嵐写真館(プログラムノート写真を除く)

しげじい 記

2022/10/17 13:25 | 音楽

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